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HQ総合病院麻酔科医28


花巻に送り届けて貰った後、お風呂に入ってさっさと寝てしまおうとベッドに潜り込んでみたけれど、覚めてしまった酔いのせいか、中々寝付くことができなかった。結局、日付が超えて数時間たってから漸く眠りにつき、翌朝は白鳥沢大学病院へ行くために少し早起きをしたせいで、ほとんど寝ることはできなかった。最悪だ。
いつもとは違う電車に揺られ、目的地へ行けば、大学病院内で刺さる好奇の視線。なんだよ、今日は厄日かよ。イラつきを誤魔化すように愛想笑いを振りまいて若利の所まで行くと、「あれ?名前?」中には若利の他に、瀬見と大平がいた。


『おはようございます』

「はよ。つかお前仕事は?」

「ああ、そういえばこの前のオペの書類に、苗字に署名して貰う所があったんだったな」

「ああ」


瀬見の問いかけに私に代わり大平が答えると、デスクから1枚の書類を出した若利がそれを渡してきた。
受け取って早速名前を記入していると、「何かあったか?」と抑揚のない淡々とした声が上からふってきた。ああ、やっぱり若利は誤魔化せないか。


『…ちょっとね。昨日眠れなくて』

「…言いにくいなら聞かないが、言って楽になるなら聞くぞ」


学生の時から変わらない若利の優しさに張っていた肩の力を緩めると、大きな手が頭の上に乗せられた。緩く頭を撫でる手に、思わず目を細めると、それに流されるように口が勝手に開いてしまった。


『…私も、早く死ぬのかな…』

「はあ?」

『うちは両親共に50になる前に死んだから、私もそうなのかなって』

「や、んな事ねえと思うけど…なんで急にそんな事?」


眉根を寄せて首を傾げる瀬見に、そっと視線を落とす。なんでって。それは。
思い浮かんだ1人の顔に下唇を噛むと、それを咎めるように「名前、」若利に名前を呼ばれた。顔を上げて若利を見上げると、まるで大丈夫だと言うように肩に叩かれて、小さく震えていた唇が漸く治まった。


『…一緒に、生きていきたいと思える人ができた』

「は…」

『でも、もし私が早死なんてしたら、きっと悲しませる。…それが、怖いの…』


自分でも情けなくなるようなしおらしい声。ああ、もう最悪だ。大平や瀬見までいるのに。
ツンとした鼻の奥に気づかないふりをして無理矢理笑えば、それを見た瀬見と大平になんとも言えない顔をされてしまった。やっぱり話すんじゃなかったかな。
帰ろうと思って、肩にかけた鞄の掛け直したとき。


「早死するつもりなのか?」

『え…?』

「お前は、早死したいのか?」


まるで1本の真っ直ぐな線が通ったような声に、返そうとした踵が止まった。
そんなつもりはない、と慌てて首をふってみせると、それを確認した若利がふっと満足そうに笑う。


「それなら、関係ないだろう。お前が、“共に生きたい”と望むなら、そうすればいい」

『…若利…』

「お前なら、大丈夫だ」


「早死にするつもりなんてないのだろう?」そう、どこか意地悪く言う若利に呆けていると、同じくポカンとしていた瀬見が、次の瞬間には笑い出した。


「確かに。関係ねえな」

「…そうだな。苗字は長生きしそうだし、大丈夫さ」

『…はは…なによ、それ…』


笑う2人に釣られるように笑顔を溢せば、目尻を下げて若利が微笑んだ。いつもこういう顔をすればいいのに。普段は無駄に鉄仮面なんだから。
クスリと笑って今度こそ踵を返すと、「行くのか?」と背中に声をかけられた。身体だけ振り返って3人の顔を見渡すと、全員の顔に喜色の色が見えた。


『無性に、会いたくなっちゃったの』


誰に、とは言わないけれど、きっと分かってしまうだろう。若利には隠し事なんてしないし、したくもない。でも、一番に伝えるのは、アイツではなくては意味がない。
「ありがとう」と言い残し、自然に早まる足で大学病院を出て駅に向かい、電車を乗り継いで目指すのは、勿論うちの病院だ。
目的の駅で電車を降り、ホームを出て走り出す。低いヒールで来て良かった。カツカツとコンクリートの地面を蹴る音がなんだか心地いい。

早く、早く会いたい。
会ってアイツに、花巻に、伝えたい。

信号で喰らう足止めを憎く思いながら、ランプが赤から青へ移り変わったのを見て横断歩道を駆け出した。


キキーッ



『え…』


青になった筈の横断歩道。そこに迫ってきた1台のトラック。


ねえ、花巻。私は。


最後に聞こえたのは、随分と耳に障る、高いクラクションの音だった。

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