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HQ総合病院麻酔科医17


オペもない。急いで終わらせる書類もない。
今日はなんていい日なのだろうか。
大きな欠伸を1つして机に突っ伏すと、それを見ていた赤葦が呆れたようにため息をこぼした。


「そんなに怠けて…」

『だって今は昼休憩だもーん』

「その歳でだもんって…」

『黙らっしゃい』


小馬鹿にするように鼻で笑うツッキーを一睨み。可愛げがないにも程がある。研修医のクセに生意気もいい所だ。
「赤葦、コーヒー」「俺はコーヒーじゃないです」「そうじゃなくて、淹れて」「自分でして下さい」「えー」
なんて会話をしながら、ゆったりと流れる時間を楽しんでいると、ちょうどそこに黒尾が戻ってきた。


『お帰り』

「おー、んなにだらけて…いいご身分だなあ」

『急ぎの用事もないからいいんですー』

「ほー、そりゃ残念だったなあ」

『…は?』


黒尾の言葉に思わず顔をあげると、ニヤついた笑みを浮かべた黒尾に見下ろされていた。嫌な予感しかしない。


「院長がお呼びだ。行ってこい」

『…マジで?』

「マジマジ」


「ほら、立て」と腕を掴む黒尾に従って、仕方なく立ち上がると、そのまま医局から放り出された。え、マジで?
頬を引き攣らせていると、小さく笑ったツッキーがヒラヒラと手をふってきた。


「いってらっしゃい」

『…後で覚えてろよ、ツッキー』


大きなため息をついて、つま先の方向を変える。仕方ない。行こう。
思い足取りで向かうのは、呼び出した張本人がいるであろう院長室である。





*****





『失礼します』

「おー!来たか!入りなさい」


コンコンと丁寧にノックをすると、割と大きな声で返事が返ってきた。相変わらず元気だ。
苦笑いを零してから、病室とは違う少し凝った造りのドアを開けると、ニッコリ笑った猫又院長がいて、またため息をこぼしそうになった。


『…院長、いったい何のご用でしょうか?』

「お前にお客さんだ」

『…客?』


思わず眉根を寄せて聞き返すと、院長が大きく頷いて返した。院長を通しての客なんて、一体誰なのだろうか。出来ることなら今すぐ医局に戻りたい。
さあさあと促されるままに中へ入ると、黒い革張りのソファに誰かが座っているのが見えた。この人が客か。
「そこに腰掛けなさい」という院長の言葉に向かいのソファに向かえば、“お客さん”の顔が見えて、思わず声をだす。


『若利!?』

「久しいな、名前」


なんでコイツがここに?目を丸くしたまま固まっていると、愉しそうに笑った院長が座るように言ってくる。
渋々ソファに腰を卸すと、相変わらず無愛想な若利がやけに真剣な目を向けてきた。あ、やっぱり嫌な予感。


「今日は、お前に頼みがあってきた」

『頼み?いっとくけど、引き抜きなら前にも断った通りよ』

「引き抜きではない。…お前に、うちのオペに入って欲しい」

『うちのって…あんたんとこの大学病院の?』


疑うようにそう尋ねれば、若利はゆっくりと首を縦にふった。

牛島若利とは、高校時代からの付き合いで、彼はここから少し離れた所にある有名な大学病院の心臓外科医だ。20代にして准教授にまで上り詰めることが出来たのは、絶対に失敗しないという手術の腕があればこそ。
そんなヤツが、なぜうちみたいな民間の麻酔科医にオペ入りを頼んでいるのだろうか?

怪訝な顔をして若利を見ていると、横に置いていた黒いカバンからファイルを出した若利は、その中から1枚のカルテを抜き出した。


「見てくれ」

『…心臓疾患の患者さん…若利が担当してるの?』

「ああ」


渡されたカルテは若い男性のものだった。
名前や歳を目に通して、疾患名についた視線を落とした所で、カルテを握る手に少し力が入った。


『…これは…』

「虚血性心疾患の患者だ」

『…術式は?』

「冠動脈大動脈バイパス移植術を施す予定だ」

『…若利、経験は?』

「まだない」


はっきりそう答える若利に眉間の皺が深まる。
確かに、その術式は若利の腕なら成功する確率だって高い。けれど、まだまだベテランと呼ぶには程遠い経験値の彼に、それを任せるのは如何なものだろうか。
カルテに目を向けたまま無言でいると、そんな私を見かねたのか、若利がゆっくりと口を開く。


「他の医者に任せる気は無い」

『…理由は?』

「その患者の主治医は俺だからだ」

『…若利らしいと言えば若利らしいけど、でもね、もしあんたが失敗すれば、この患者さんは…「なら」っ』

「成功させればいいだけだろう」


簡単だ。まるでそういうように返してくる彼に、反応が遅れてしまう。その自信、どこから来るのよ。
高校時代から変わらない様子に、肩の力を抜くと若利は不思議そうに首を傾げた。天然め。


『で、なんで私が入らなくちゃならないわけ?白布くんは?』

「白布はその日他のオペが入っている。お前の言う通り、俺はこの術式は初めてだ。だからこそ、余計なことを考えず、自分の作業に専念したい」

『瀬見は?』

「前日から出張だ。アイツら以外に組むなら、お前しかいない。だから来た」


若利は、正直だ。どんなことでも嘘をつくことはない。そんなコイツの言葉だからこそ、麻酔科医としての腕を求められることを素直に嬉しく思える。
だからと言って「はい、分かりました」と頷く理由にはいかないが。


『若利、あんた分かってんの?もし、あんたが私をオペに参加させれば、あっという間に病院に広まる。それなれば、あんたの立場は悪くなるわよ』

「?それがどうした?」

『どうしたって…他の病院の、その上民間病院なんかの麻酔科医なんか呼べば、大学病院のプライド高い医師たちはカンカンになるんじゃないかって言ってんの』

「だから、それがどうしたと言っている」

『な…』

「俺は、自分の患者を治すのが仕事だ。それ以外に今考える必要はない」


ああ、もう。こういう所だ。こういう所が好きなのだ。変な意味ではなく、医者として、牛島若利のこういう所に、私は憧れてきた。
ふっと呆れ半分嬉しさ半分の笑みをこぼせば、「頼めるか?」と若利がもう一度尋ねてきた。そんなもん、もう答えは決まってる。
確認するように猫又院長見れば、柔らかい笑とともに大きな頷きが返ってくる。院長からのお墨付きが貰えたんなら、迷う必要は無い。


『もちろん。絶対成功させるわよ、このオペ』

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