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HQ総合病院麻酔科医14


あすかちゃんが“産みたい”と言ったあの日から1週間。あすかちゃんの母親は未だにそれを許してはくれない。
菅原と時には花巻も加え、なんとか説得に試みようと思ったけれど全員玉砕。ああ、頭が痛い。


「…名前、顔色悪い」

『…研磨、ありがと…』


医局のソファに座って目元を押さえていると、研磨がコーヒーを入れてくれた。白衣が嫌いなのは未だに変わらないようだ。受け取ったコーヒーに口をつけると、漸く一息つく。
ここ最近、あすかちゃんの事もありあまり眠れていない。顔色が悪く見えるのもそのせいだろう。はあっと深いため息をつくと、人1人分空けて隣に腰掛けた研磨が「…大丈夫?」と首を傾げてきた。可愛い後輩だなあ。


『大丈夫大丈夫。それより、どうしたらお母さんに分かってもらえるもんかねえ…』

「…高校生の妊婦さんの?」

『そ。その子のお母さんがどうしても反対しててね』


深いため息をもう一度つく。どうしたもんかなあ。
マグカップの中で揺れるコーヒーを見つめてぼんやりしていると、同じくマグカップにインスタントのココアを作って飲んでいた研磨がポツリと呟いた。


「怖いんでしょ」

『っ、は?私?』

「名前じゃなくて、その母親」


“怖い”

研磨の言葉が脳内で響く。どういう意味かと、背筋を伸ばして研磨を見れば、チラリと1度コチラを見た研磨は、また手元のマグカップに視線を落とした。


「名前や、他の先生に何を言われても頷かないのは、多分、前に見たことがあるから。人は、嫌なことほどよく覚える。だから、もう一度それを見たいなんて思わない」

『つまり、あすかちゃんのお母さん自身が高校生で妊娠したことがあるってこと?』

「それは分かんない。本人がそうだったのか、それとも身近な人がそうなったのか」


「まあ、本当の所は分からないけど」と溢した研磨はココアに1口口をつけた。
そうか、そういうことか。残ったコーヒーを一気に飲み干して立ち上がると、研磨がほんの少し驚いたように顔を上げた。


『ちょっと行ってくる』

「…うん。いってらっしゃい」


医局を出て、足を早める。か
とりあえずあすかちゃんの病室へ向かうと、運良く病室の前にいる彼女のお母さんを見つけた。ドアに手をかけたまま入ろうとしないのは何故だろうか。
「平間さん、」と声をかけると、少し大袈裟に肩を揺らしてこちらを向いた。


「…苗字先生…」

『少し、お時間宜しいでしょうか』


中から聞こえてくるあすかちゃんと菅原の楽しそうな声が2人の間を通る。明るい声に背中を押されるように平間さんはゆっくりと頷いてくれた。





*****





「…妹が居たんです、私」

『妹さん、ですか』

「はい。7つも歳が離れていて、凄く可愛くて…けど、妹が高校生3年生になってすぐ、あの子、妊娠したんです」


研磨の予想は、どうやら大当たりだったらしい。膝の上で組んだ手を震わせる平間さんの肩に手を置くと、「すみません」涙混じりの声で謝られた。

その後、平間さんは少しずつ少しずつ妹さんの事を話してくれた。相手の男性は、妊娠の事実を知ると、妹さんから逃げるように姿を消した。それでも、平間さんの妹さんは、まるで今のあすかちゃんのように、頑なに子供を産むことを譲らなかったらしい。

“この子のお母さんになりたいの”

そう笑って、彼女はなくなってしまった。子供を生むときに、赤ちゃんと一緒に。


「…今のあすかを見てると、どうしても思い出してしまうんです。若くして死んでしまった妹のことを…」

『…あの、旦那様はあすかちゃんの妊娠関しては何て…?』

「…夫は、私の妹のことを知っているので、はっきりと賛成してはいませんが…孫に、死んで欲しいなんて思う人間なんて、いません」


きっと、平間さんだって本当は産んで欲しいのだ。あすかちゃんのお腹に宿った小さな命を守りたいと、そう願っている。それでも、妹さんの事を思えば、今度は自分の娘がいなくなってしまうかもしれないという不安が拭えないのだろう。
頬を伝う涙を袖口で拭う平間さん。そんな彼女の手を握ると、ユラユラと瞳を揺らした彼女のは漸く目を合わせてくれた。


『…平間さん、平間さんは、あすかちゃんの相手の男性の話を聞いたことがありますか?』

「え…?…いいえ、ないです…」

『たまに、御見舞に来てくれますよ。お母さんと鉢合わせしないように、あすかちゃんが時間をずらすよう言ってましたが…1つ年上の高校3年生で、卒業後は就職するそうです』

「…そう、ですか…」

『きっと、まだあなたには受け入れ難いことが多くあると思います。それでも、あすかちゃんはあなたの妹さんではありません』

「…はい」

『あすかちゃんは、今、自分のお腹の中の小さな命を守ろうとしてる母親です。それは、あなたがあすかちゃんを守りたいと思う気持ちと同じです』

「…はい…」

『あすかちゃんの相手の男の子も、それを望んでいます。だから…考えてあげて下さい。あの子たちのために、あすかちゃんの母親として、彼女のお腹の中にいる赤ちゃんのためにも』

「…はい。ありがとう、ございます、先生」

『いえ、こんな小娘が生意気言ってごめんなさい』


まだ子供を産んだことも結婚したこともないような青二才の言葉が、どれだけ彼女に届いただろうか。
まだ見ぬ赤ちゃんの命を、彼女たちは守ることができるだろうか。

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