last
カラカラと下駄の音をたてながら、向かった先は学校だった。
今日は他校で練習試合があると言っていたし、その上もうすぐ9時だ。きっと居ない。居ないはず。
そう思っているのに、トクトクと胸をうつ心臓の音はやけに早くて、自分でも笑ってしまう。
“……あんた、なんで木兎がそんなこと言ったかマジで分かんないの?”
分かんないけど、でも、知りたいよ。
校門を潜って、少し足早に体育館へ向う。明かりのついた体育館へたどり着くと、中からはボールの音と、話し声がした。
「まだやるんですか?」
「やる。今日の練習試合、メチャクチャカッコ悪いかったし……だからトスくれ、赤葦」
「木兎ーそろそろ帰ろうぜ。赤葦も困ってんだろ」
聞こえてくる声に、痛いくらいに胸が高鳴った。
居た。居てくれた。
声からするに、他にも赤葦くんたちがいるようだ。
大きく深呼吸をして、体育館の扉に手をかける。
“考えてみては、もらえませんか?”
“まあ、嫌いなもんを簡単に好きにはなれないわな“
“……あんた、なんで木兎がそんなこと言ったかマジで分かんないの?”
“お、オススメの本!!教えてくんねえ!?”
分からない。でも、知りたい。だから。
本人に、聞こう。
『っ木兎くん!』
「「「「「!?!?」」」」」
ガラッと勢いよく開けた扉。
急に開けたせいで驚かせてしまったのか、中にいた人たちが一斉にこちらを向いた。
「苗字…!?」と驚いた顔をする木葉くんや小見くんを余所に、私は、少し離れた位置にいる木兎くんだけを見た。
『先ず……ごめんなさい!!』
「っ!な、なんで苗字が謝って…」
『…盗み聞き、みたいなことしちゃったし、それに……本、本当は好きじゃないのに、勧めちゃったから』
「そ、それは!俺が教えてくれって言ったから…!」
『…うん…覚えてるよ…。木兎くんが、オススメの本を教えて欲しいって言ってくれたときのこと』
古典の先生に頼まれたと言って、本の整理を手伝いに来てくれた彼は、整理が終わってからも図書室に通い続けて、オススメの本を尋ねてきた。
“(木兎くんも、本、読むんだ)”
顔を真っ赤にして尋ねてきた彼に、驚いた反面。
でも、凄く。
『嬉しかったの』
「っ」
『木兎くんが、本を読みたいって言ってくれて、嬉しかったの。だから…木葉くんたちとの会話を聞いちゃったとき……正直にいうと、悲しかった…』
「…ごめん…いや、マジで…ごめんな…」
『あ!ち、違くて!!あ、謝って欲しくて来たんじゃなくて!!……どうしてかなって』
「?何が?」
『…どうして、本、教えて欲しいって言ったのかなって…』
「苦手なんだよね?」そう首をかしげると、木兎くんは言葉を詰まらせて、迷うように俯いた。
聞いたら、まずいことだっただろうか。
「答えたくなかったたら、答えなくていいよ」と言って、目尻を下げて笑うと、自分の手を握りしめた木兎くんが、勢いよく顔をあげた。
「…ホント言うと、本、読むの苦手だ。でも…俺、もっと苗字と話したかったんだ」
『え…』
「だから、本の話とか出来ればきっと苗字も楽しいだろうし、それに……好きヤツの好きなもんがどんなもんなのか知りてえって思ったんだよ!」
体育館中に響くほどの大きな声。
その声はもちろん、私の耳にも、しっかりと届いた。
今の、聞き間違いじゃ、ないよね…?
気恥ずかしさから顔を俯かせると「苗字!」と大好きな声で名前を呼ばれる。
「好きだっ!!!」
『っ……』
「お前が笑うと嬉しい!一緒にいるだけで楽しい!!泣いてたって聞いて、スゲエ後悔した!今日の練習試合中、お前のことを考えちまうくらい、俺は、お前が好きだ!!」
さっきよりも大きな大きな声。
もしかすると、体育館の外、だけじゃない。学校中に響きそう。
知らないうちに溢れてきた涙を流して、その場に座り込むと、「苗字!?」と慌てて木兎くんが入り口まで走り寄ってきた。
「ど、どうして!?どっかいてえのか!?それともやっぱまだ怒って、『嬉しい……』…へ…?」
『嬉しい、から、泣いてるんだよ…』
「そ、れって…」
『…っ、私も、木兎くんが、好きです…っ大好きです…!!』
心配してしゃがんで顔をのぞき込んできた彼に、泣きながらも笑ってそう言うと、一瞬ポカンとした後、直ぐにハッとした顔をして肩を掴まれた。
「ま、マジで??」
『うん、マジです』
「ホントに??」
『…ほ、本当に、です』
「……う、」
『?う?』
「うおおおおおおおおおおおおお!?マジか!マジでかああああああああああ!!!!???」
『!?』
「おっしゃああああああああ!!俺の時代きたああああああああああああああああああああああああああああ!」凄い勢いで叫び始めた木兎くん。
思わず耳を押さえていると、そんなこと等気にも止めていないのか、木兎くんの手が脇に差し込まれた。
え、と思った時には、既に身体が浮いていて、持ち上げられた反動で履いていた下駄が落ちてしまった。
『っ!?ぼ、木兎くん!?』
「ヤベェ!メッチャ嬉しい!!今ならなんでもできそうだぜ!!ヘイヘイヘーイ!!」
私を持ち上げたままクルクルと回る木兎くん。
不安定なせいで、彼の肩に手を置くと自然と目の前の木兎くんと目が合って、凄く嬉しそうな笑顔が向けられた。
『(幸せ、だな)』
眩しいくらいの木兎くんの笑顔に微笑んで返すと、脇に差し込まれていた手が器用に腰に回された。
キョトンとした顔で少し下にある木兎くんの顔を見ると、柔らかく笑んだ顔が近づいてくる。流れされるまま、ソっと目を閉じると唇に柔らかい感触がした。
美優ちゃんに、お礼を言わなくちゃいけない。
諦める前に、理由を聞きに来て良かった。
おでこをくっつけて笑いかけてくれる木兎くん。
それに笑い返す私。
『木兎くん』
「ん?」
『…好きだよ』
「…おう、俺も」
ゆっくりと落とされそうになった2度目のキスが、顔を真っ赤にした小見くんと木葉くんに止められるまで後数秒。
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