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sixth


テスト期間を無事に終え、部室へ行くと、最大限に口元をニヤケさせた木兎さんがいた。ああ、これは何かあったか聞かなくてはダメだろうか。
自分のロッカーに荷物を入れて着替えようとしたけれど、チラチラと投げ掛けられ視線に、ため息をもらす。


「…どうしたんですか木兎さん」

「良くぞ聞いてくれた赤葦!!!実は今回の試験は自信有りなんだぜ!!!」

「へえ、良かったんですか?」

「おう!!もうバッチシだぜ!!特に英語!!!」

「それはそれはおめでとうございます」

「ハッハッハ!!おうよ!」


嬉しそうだ。それはもう嬉しそうだ。
これで結果が返ってきたとき、泣きを見るなんてことになりはしないだろうか。想像するだけでも面倒になる様に顔を歪めていると、「ちーっす」と木葉さんが入ってきた。
「こんにちは」「おう」「木葉ー!!聞いてくれ木葉!!」「な、なんだよ?随分御機嫌だな」
今度は木葉さんに絡み出した木兎さん。すみません、後はよろしくお願いします。
木兎さんを木葉さんに押し付け……ゴホン、任せて部室から出ると、夏らしい日差しに目を細める。今日も暑くなりそうだ。
早く体育館へ行こうとしたとき。


「ダメ、かな?」

『…えっと…』

「頼む!1回だけでいいんだ!!夏祭り、一緒に行ってもらえないかな…?」

『でも…』


体育館の裏から聞こえてくる話し声。しかも女性の方は聞いたことがある。ため息をついてから、声の方へ近づくと、2人の会話が今度ははっきりと聞こえてきた。
「祭りだけでいいんだ!」「…でも、私、あんまりあなたのこと知らないし…」「だから!知って欲しいんだ!!」
やっぱり。苗字先輩の声だ。しかもかなり困っている感じだ。なんてタイミングだ。こんな場面に出くわすなんて、そんなの、助けるしかないじゃないか。


「…あの、すみません」

「っ!え…だ、だれ?」

『あ、赤葦くん…?』


壁際に追いやられて困った顔をして苗字先輩。どうやら出てきて正解だったかもしれない。邪魔された事を怒っているのか、男の人の方は、随分と機嫌が悪そうで、さっきの木兎さんとは正反対だ。


「…その夏祭り、苗字先輩には先約があるので」

「…先約?え、ホント?」

『え!?……う、うん』

「そっか…苗字さんに、まさか後輩の彼氏いたなんて知らなかったよ…」

「え、いえ、俺じゃないです」

「え?君じゃないの?」

「俺じゃなくて…えー…俺の知り合いと行くんです。彼女」


多分、だけど。内心付け足した言葉にもちろん気づくことなく、相手の人は残念そうに眉を下げた。
そっか、と一言こぼすと、案外あっさりその場から離れてくれた。しつこい人でなくて良かった。ホッと胸を撫で下ろしていると、「あの、赤葦くん」申し訳なさそうな顔をした苗字さんが話しかけてきた。


『あ、ありがとう。少し困ってて…』

「…むしろちゃんと助けられて良かったです。後々面倒になるので」

『え?』

「いえ、こっちの話です」


キョトンと目を丸くする苗字先輩に、「気にしないで下さい」そう言うと、まだ不思議そうにしながらも「本当にありがとう」と笑ってくれた。
眩しい。夏の日差しと同じくらい眩しい。
頬を緩めて微笑み返すと、苗字先輩はよりいっそう嬉しそうに微笑んだ。


「…あの、苗字さん、さっきの夏祭りの話なんでですが」

『うん?』

「もしよければ、木兎さんを誘ってみて下さい」

『え!?ぼ、木兎くんを…?わ、私が??』

「はい。…えっと、さっきあんな事を言った手前、夏祭りには行ったほうがいいと思うので」


自分でも取ってつけたような理由だと思う。けど、もし首を縦にふってもらえたら、木兎さんはこの先夏祭りまでの間、絶好調でいられるだろう。
「どうでしょう?」首を傾げると、少し頬を染めた彼女は、困ったように視線を下げた。


『えっと…それが、どうして木兎くんなの?』

「それは…あれです、俺の知り合いだと言ったので。木兎さんなら最近苗字先輩とも仲がいいですし」

『で、でも、それなら雪絵ちゃんやかおりちゃんでもいいんじゃ…。2人なら赤葦くんとも知り合いだよね??』

「…まあ、それはそうなんですが…」


俯いたままのため表情は読み取れない。素直に頷いてくれないということは、木兎さんとは行きたくないということだろうか。
思わず眉間に皺を寄せてしまう。以前、彼女と木兎さんが並んでいたのを見た時、この2人は上手く行くんじゃないか。そんな期待をしたけれど、これは、木兎さんの片思いで終わる可能性だってあるのではなないだろうか。


『…あの、赤葦くん?』

「っ…すみません、ぼんやりしていて。…あの、苗字先輩は、木兎さんと夏祭りに行くのは嫌なんでしょうか?」

『え…』

「もしそうなら、すみません。俺、余計なことを『い、嫌じゃないよ!!』っえ…」

『い、嫌だなんて、そんなこと、ない……です』


声を張り上げて言葉を遮った苗字先輩に、一瞬目を見開く。この人も、こんなふうに声を大きくすることもあるのか。
顔を上げて大きく首を振った彼女は、耳まで真っ赤になっていて、つい笑ってしまいそうになる。木兎さん、良かったですね。所謂、脈ありですよ。
堪えきれずに小さく笑えば、ハッとした苗字先輩は再び下を向いてしまった。


『で、でも、私が良くても、木兎くんは私なんかと一緒に行っても面白くないんじゃ…』

「それこそありえませんよ。木兎さんは絶対に断りませんよ」

『…そうかな…?』

「そうです。だから、1度誘ってみては貰えませんか?もしよければ、ですが」


「お願いします」と頭を下げると、慌てて顔をあげるように言われる。言われた通りに顔をあげれば、まるでトマトのように耳も首も真っ赤にした苗字先輩は小さく小さく頷いてくれた。
それに肩の荷を降ろし、「ありがとうございます」と笑って見せれば、苗字先輩も照れくさそうに微笑み返してくれた。
「そ、それじゃあ、あの、私はこれで」「はい」
「れ、練習頑張ってね」「はい」
緩く手をふって歩いて行こうとする彼女を見送ろうとしたとき。


「あ、苗字先輩」

『は、はいっ!…な、なに?』

「木兎さんを誘う時、俺の名前を出さないで下さい」

『え?でも…』

「その方が、木兎さんは喜びます」


それと、俺のためにもお願いします。
まだ意味はよく分かっていないようだが、とりあえず頷いてくれたので、まあ大丈夫だろう。
それじゃあと、今度こそ体育館の入り口へ向かえば、疲れた顔をした木葉さんと生き生きした表情をした木兎さんも来た所だった。

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