高校1年になりました12
「「「『おめでとう!』」」」
「お、おう」
今日、私は久しぶりに神奈川を訪れた。
目的は幸くんの高校合格を祝うため。幸くんは推薦入試だったので他の子よりちょっと早く結果が出たのだ。
幸くんに誘われたのは幸くんのお家で一緒にご飯を食べよう、というもので、久しぶりにあった笠松さんたちは相変わらず気のいい人達で快く私を迎えてくれた。
照れているのを隠すように飲み物を飲む幸くんをみてから、私もコップに注がれたオレンジジュースを飲もうとすると「それにしても」と幸くんママがニコニコとこちらを見てきた。
『?なんでしょうか?』
「名前ちゃん、綺麗になったわねー!」
「そうだなぁ」
「こんな美人でいい子、幸男のお嫁さんに欲しいわぁ!!」
「ブォッ!!」
『ちょっ!?ゆ、幸くん!?大丈夫!?』
幸くんママの冗談に吹き出してしまった幸くん。
慌てて背中を擦ってあげるも真っ赤な顔をした幸くんは口をパクパクとしていた。
幸くんはいつまでたっても可愛いなぁ。
「な、な、な、なに言って…!?」
「何よ幸男ー!真っ赤になっちゃって…あんたがいつまでたっても“女の子が苦手だ”なんて言ってるからでしょ?それに、名前ちゃんがお嫁さんになってくれたら嬉しいくせに」
『おばさん、幸くんが困ってますよ。それに、幸くんだって私のことそんな風に思ってませんよ』
「ね?」と幸くんを見ると、何故か複雑そうな顔をされた。
それを見ていた幸くんパパが「幸男も大変だなぁ」と大きく口を開けて笑った。
そんなおじさんと一緒に笑っていた幸くんママが、今度は思い出したように「そういえば、」と口を動かした。
「名前ちゃん、今日はどこに泊まるの?」
『え?…ああ、今日は何処かのビジネスホテルにでも泊まろうかなって』
「ビジネスホテルって…大丈夫かよ?」
『うん?大丈夫だよ?』
あ、こいつ分かってねぇ。そんな顔を幸くんにされてしまった。なんか傷つく。
「あら、じゃあまだホテル取ってないのよね?」
『あ、はい』
「じゃあ家に泊まりなさいよ!」
「ブォッ!!」
『ゆ、幸くん!?』
再び吹き出してしまった幸くん。
大丈夫か、と目を丸くしていると、そんなの気にしていないおばさんに手を握られた。
「ね?そうしましょう。その方が安くつくし、何より安全よ!」
『いや、あの…それより幸くんが…』
「いいのよ、その子はほっといて。それより、」
「いいわよね?」といい笑顔を向けてくるおばさん。
困ってしまっておじさんを見ると同じように返された。
うーん。どうしよう。
チラリと口を拭った幸くんを見ると、小さな声で「いいんじゃねぇの」真っ赤な顔でそんな風に言われてしまっては、断ることもできない。
断る事を諦めて「じゃあ…お願いします」と頭を下げると、おばさんは凄く楽しそうに笑っていた。
『…あの…ごめんね、幸くん』
「い、いいいいいいいいや、その…俺こそ、ご、ごめん」
ご飯を食べ終えてお風呂も借りた私が案内されたのはなんと幸くんの部屋。
全身を赤くして固まった幸くんが座るベッドの横には蒲団が敷いてあって、「じゃあ、名前ちゃんの寝る部屋はここね!」とおばさんは残して出ていってしまったのだ。
まさか、幸くんの部屋で寝ることになるとは。
そういえば、私がまだこっちに居た頃には一緒に寝ることもあったなぁ。
そんな事を思い出してクスリと笑っていると、それに気づいた固まったままだった幸くんがハッとしたように体を揺らして此方を見た。
「名前姉?」
『あ、いや、その…ほら、小さい頃もよく一緒に寝てたなぁって』
「懐かしいね」と微笑むと、それとは反対に幸くんは目を伏せた。
「…名前姉にとって俺は、いつまでたっても餓鬼なんだな…」
『え?…餓鬼だなんてそんなつもりは…。
幸くんはほら、弟みたいに思えるからさ、つい子供扱いしちゃうっていうか…』
「…俺は!…俺は、名前姉のこと姉貴だなんて思った事ねぇよ」
『…幸くん…?』
悔しそうに下唇を噛んで、拳を握る幸くん。
どうしてそんな顔をするのだろうか。
一泊分の荷物をおろして彼に近づくと、ベッド座ったままの幸くんが私を見上げた。
ソッと手を伸ばして頭を撫でると、お風呂に入ったからかその髪はまだ少しだけ濡れていた。
『…まだ濡れてるよ。寒いんだから、ちゃんと乾かさないと』
「…」
自分の髪を拭くために首にかけていたタオルをとって幸くんの髪を優しく拭いていると、
「…んで…」
『え?』
「っ、なんでだよ!?」
『っ!』
グルリと体が一回転した。
気づいたときには視界には幸くんと部屋の天井しか映っていないかった。
数回瞬きをしてから、ようやく自分が幸くんに彼のベッドに押し倒された事に気づいた。
『ゆ、きくん?』
「…俺は確かに名前よりも年下だし、小せぇ頃から知ってるから弟扱いされてもしょうがないのかもしれない」
『ちょ、ちょっと幸くん?』
どうしてしまったのだろうか。
眉を下げて幸くんを見つめていると、私の肩を掴んでいる手が震えているのが分かった。
「でも…、それでも!俺は弟なんて思われたくないんだよ…!」
『…』
「どうすればいいんだよっ!?どうしたらお前は俺を…!」
“男として、見てくれるんだよ!!”
鼓膜を揺らす幸くんの声は、今まで聞いたことがないほど切羽詰まったものだった。
でも残念なことに、幸くんの思いを全部分かることはできなかった。
つまりは、弟扱いするなということなのだろうか。
自分はもぅ一人前の男なのだから、子供ではない、そう言いたいのだろうか。
困惑した顔を幸くんに向けると、彼の顔がクシャリと泣きそうに歪んだ。
ああ、泣いてしまうのだろうか。幸くんを泣かせたくてここに来たわけではないのに。
ゆっくりと腕を伸ばして幸くんの頬を包むと、揺れる瞳と目があった。
『…ごめんなさい』
「っ」
『私、ちゃんと分かれてない。幸くんが言いたい事、全部分からないの』
「…」
『でも…今私は、幸くんを傷つけてしまったんだよね。だから…ごめんなさい』
真っ赤になった目の下をスッと撫でると、目を丸くした幸くんはまた顔を歪めたあとギュッと私を抱き締めてきた。
まるで、恋人を抱き締めるように。
「ごめんっ…俺…、」
『…謝らなきゃいけないのは私だよね?
…だから、もし良ければ教えて貰えない?私、幸くんに何しちゃったかな?』
「…っ名前は悪くねぇよ」
『けど、「俺がっ!」っ』
「俺が餓鬼なだけなんだよ。だから…だから名前は謝らなくていいんだ」
「ごめん、ごめんな、名前姉」何度も何度も謝ってくる幸くん。
抱き締められてるせいで顔は見えないけれど、多分泣いている。
そう思って慰めるように手を回して背中を撫でると、幸くんの腕にさらに力が入った気がした。
それからしばらくの間、幸くんは私を離してはくれなかった。
それが、首にかかっている指輪を隠すためだったとはもちろん私は気付かなかった。
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