高校1年になりました11
『桐皇学園?』
「せや」
ニッコリと笑った今吉くんは大きく頷いた。
コンビニのバイトを併用してからぐらいからだろうか、部活を引退してからというもの、彼は前よりも高い頻度でうちの喫茶店に来るようになった。
『まぁ何処を受けるのかは今吉くんの自由だし、別にいいけど…』
「えー、そこは“うちの高校に来なよ!”って言うて欲しかったわー」
『高校はそうやって決めるものじゃないでしょ?第一、うちはバスケ部ないし…それよりも、勉強は?しなくていいの?』
「推薦やし」
ああ、なるほど。
ニコニコと相も変わらず笑みを浮かべる翔一くんに「それはそれは」と少し呆れたように返す。
スポーツ推薦か。私が思ってたより彼は凄い選手らしい。
そういえば、幸くんは神奈川の海常に。清志くんは秀徳に。そして健介くんは地元の陽泉という学校に進学すると言っていたな。
どの学校もバスケの強豪だと聞いている。
「桐皇もバスケの強豪校なの?」「いや、“まだ”強豪とは呼べへんな」「…まだ?」「そう、“まだ”や」
自信があります。
そう言わんばかりの笑みを翔一くんは返してきた。
『…ふふ、じゃあきっと桐皇はこれからの3年に強豪にのしあがるだろうね』
「そのつもりや」
「ま、楽しみにしといてや」と言って、珈琲を啜る翔一くん。
クスリと笑って頷くと、満足そうに笑みを深められた。
「ああ、そういえば聞きたい事があるんですけど」
『うん?』
「名前さんの話によく出てくる“幸くん”って笠松のことですか?」
『そうだよ。よく分かったねぇ』
「…ほんなら、“清志くん”は宮地で、“健介くん”は福井?」
『おおー!翔一くん凄い!』
「…まさかとは思うけど、これ全部敵とかやないですよね?」
『??皆、進む高校は違うけど?』
「…や、そういう意味ちゃうわ」
はぁ、と大きく息をはいた翔一くんはカップを置くと額に手を当てた。
「大丈夫?」と尋ねると呆れたようなため息を再びはかれる。
なんだか失礼だな。
少しムッとした顔をして翔一くんを見ていると、彼の顔がこちらを向いた。
といっても、その目の先にあるのは私の顔ではなく、首より少し下を見ている気がする。
何を見ているのだろう。
「…最大の敵はちゃうけどなぁ…」
『え?』
ボソリと何かを呟いた翔一くん。
何て言ったのか分からなくて、首を傾げると「なんでもないです」と返された。
なんでもない事はないだろう、と思ったけれど、翔一くんはまた珈琲を啜り始めたので聞くに聞けなくなってしまった。
諦めよう。
「そういえば、コンビニのバイトは順調なん?」
『うん。大丈夫だよ』
「平日はコンビニ、休日はこっちやなんて大変ですねぇ」
『慣れればそうでもないよ』
「ふーん…」
興味があるのかないのか。
よく分からない反応を返してくる翔一くんに苦笑いをしていると、マスターに裏から砂糖の在庫を取ってくるように頼まれた。
2つ返事を返して裏へ行こうとしたとき、翔一くんが何かをマスターに話かけていた。
「マスター知ってはります?あの指輪について」
「…いいや、なにも。高校生の女の子が着けるには可笑しいと思って前にちょっと尋ねたんだけど…」
“大切な人からもらったんです”
“恋人、かな?”
“そうですね…。そんな感じです”
「なんだか曖昧に返されてしまったよ。それに…とても寂しそうに笑っていてね」
「…そうですか…」
戻ってくると二人はどこか暗い表情をしていた。
どうかしたのだろうか。
首を傾げて二人を見つめていると、それに気づいたマスターが困ったような笑顔を向けてきた。
「お帰り、名前ちゃん」
『…あの、大丈夫ですか?』
「ああ、大丈夫。ちょっと真面目な話をしていてね」
『そう…ですか』
チラリと視線を翔一くんに移すと、いつもの笑みを返された。
不思議に思いながらも、持ってきた砂糖を補充しようと砂糖の入っている容器を棚から出したとき、キラリと光る指輪が目に入った。
それが妙に愛しくて、思わずソッと指で撫でてしまった。
その様子を翔一くんが見ているなんて、もちろん気づくことはなかった。
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