case4 桃井さつき
「女の子っスか?」
『う、うん。バスケ関係者で、私と面識のある女の子っていないかな?』
「それなら、桃っちがいるっスよ。会いたいんスか?」
『う、うん。同性同士で聞きたいことがあるんだよね』
こんな会話を黄瀬涼太としたのがつい先日。
「桃っちに言ってみるっスね」と笑った黄瀬涼太に、今日ほど感謝した日はないかも。
「こんにちは!名前さん!」
『こ、こんにちは。えっと…桃井さんでいいのかな?』
「さつきでいいですよ!」
可愛らしい笑顔の彼女にホッコリ胸が暖かくなる。
ああ、これが癒しか。
美少女につい頬を緩ませていると、「私に用があるんですよね?」と桃井さつきが首を傾げた。
そう、彼女を呼んだのにはちゃんとわけがある。
黄瀬涼太とつながりのある、バスケ関連の女の子はこの子しかいない。
狙い通りの展開に少しだけほほが緩みそうになる。
そんな私に「大丈夫ですか?」と心配そうな顔をしてくれる桃井さつきに良心が痛む。
この子なら、知っているはず。
情報収集のスペシャリストなら。
『あのね、さつきちゃん。あなたに聞きたいことがあるの』
「なんですか?」
『…私って、恋人はいたの?』
桃井さつきの淡いピンクの瞳をジッと見つめると、彼女の目が少し細まった。
え、なにこの反応?
彼女の雰囲気がなんだか怖くて、少し肩を強ばらせていると、その雰囲気は一転して、桃井さつきはニッコリと笑った。
「いませんよ?私、聞いたことありません」
『え…そう、なの?』
「はい」
頷く桃井さつきに頭の中は余計に混乱する。
私、彼氏いないの?
じゃあなんであの3人は“彼氏”だなんて…。
眉を寄せて考えていると、「何かあったんですか?」と桃井さつきが眉を下げた。
話してみるのもいいかもしれない。
『実は…』
それから私は、桃井さつきに名前は臥せて今の状況を話してみた。
目が覚めたら記憶がなくて(そういうことにしておく)、そこへ3人の彼氏だと言う人が現れたこと。
黙って話を聞いていた桃井さつきは、だんだんと顔を曇らせた。
「なるほど…」
『…やっぱり、私って最低の女だったのかな…』
「それはありません!!名前さんはとっても優しくて素敵な人です!」
『でも…』
「…きっと、嘘をついているんですよ。その3人」
『え?』
嘘ってあの3人が?
赤司征十郎や黄瀬涼太ならともかく、あの笠松幸男まで?
そんなことはあり得ないと否定したいが、悲しいかなそれもできない。
「きっとそうです!!」
『だけど、なんでそんなことを?』
「決まってます。名前さんの記憶がないのを良いことに、“彼氏”のふりをしてそのまま本物の彼氏になろうとしているんですよ」
それ、メリットある?
そう言わんばかりに首を傾げると「名前さんは人気者ですから!」と桃井さつきが大きく頷いた。
ここの私は、本当の私と変わらず平凡な容姿なのだけど、何処がいいのだろうか。
とりあえず、それは置いといて。
『…じゃあ、もし嘘ついていたとしても、それをどうやって見破れば…』
「見破るんじゃなくて、もう別れちゃえばいいんですよ」
『別れる?』
「はい!“記憶がなくなって貴方のことを好きなのか分からなくなりました”って」
それ、大丈夫ですか?
桃井さつきの提案に顔をひきつらせると、「大丈夫ですよ!」と彼女は笑う。
まぁ、やってみる価値はあるかもしれない。
『…分かった。とりあえず言ってみるね』
「はい。私もできることがないか探してみます」
『え?い、いいよ?そこまでしなくて。さつきちゃんにそんな迷惑は…』
「私がしたいだけなので、気にしなくていいですよ!」
ヤバイ。桃井さつきは天使じゃないか!
まるで後光が差しそうなほど、柔らかく笑う桃井さつきに「ありがとう…!」とお礼を言うと、桃井さつきの柔らかな体が抱きついてきた。
マジに巨乳ですね、あなた。
なんとか背中に手を回りして抱きしめ返すと、桃井さつきの小さな声が耳に届いた。
「名前さんは、ずっと私だけのものだもん」
『え?今、何か言った?』
「いえ!役に立てて良かったって言っただけですよ」
体を離して笑う桃井さつきにもう一度お礼を言うと、嬉しそうに笑った彼女は「また来ますね!」と病室を出ていった。
「待っててね、名前さん。邪魔者はちゃーんとお仕置きするから…」
そんな彼女の言葉なんて、もちろん聞こえることはなかった。
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