case3 赤司征十郎
何故だ。どうして覚めない。
頭を抱えてため息をつくと、「大丈夫?」とナースさんに心配されてしまった。
そうだった、今は検温中だった。
苦笑いを返したところで、はかり終えた体温計を渡すと、ナースさんはそれを手元の何かに書き込んだあと、いつものように笑顔で出ていった。
2週間。
それは、私がここで目を覚ましてからたった日数だ。
“次目を覚ませば”そんな私の願いは未だに叶わない。
いくら起きても、白い天井が目にはいるのだ。
『…どんな夢よ、どんな…』
はあっとため息をついたとき、ちょうど携帯がなった。
私が現実で使っていたのと変わらないそれは、パスワードまで一緒なのだ。
慣れたコードを打って画面を開くと、黄瀬涼太からメールが来ていた。
どうやら、今日は1日練習でここには来れないらしい。
黄瀬涼太と笠松幸男は、あの日からほぼ毎日ここへ通っている。
二人でくるときもあれば、他のバスケ部を連れてくることもある。それはいい。
それはいいのだが、…それぞれが別々で来ると困るのだ。
なんせ二人とも自称私の“彼氏”なのだ。
二人っきりになると直ぐ様甘い雰囲気を出すのはもはやお決まり。
毎回その雰囲気から逃げている私の身にもなってくれ、誰か。いや、切実に。
了解の二文字を返信して携帯を隣の棚の上においたとき、コンコンっとノックされた。
誰だろ?
「どうぞ」と声をかけると、スライド式の扉がゆっくりと開き、そこから一人の人物が現れる。
……え。ちょっと、まって。どうして彼がここに?
「こんにちは、苗字さん」
『…え?』
「ああ、記憶喪失なんでしたね…。俺は、赤司征十郎。貴方の、恋人です」
これ、なんて無理ゲーですか?
ポカンとしたまま、赤司様こと赤司征十郎を見つめていると、綺麗な赤い瞳が私を捉えた。
「…やはり、覚えていないんですね…」
『…え、あ、あの…あの、ど、どういう…?』
「…俺と名前さんが付き合い始めたのは、そう前ではありません。俺は京都にいますし、あまり会うことはありませんでしたが…付き合っていたのは事実ですよ」
「周りには秘密でしたけどね」と唇に人差し指をあてる赤司征十郎に、冷や汗がとまらない。
なんなんだ。
ここの“私”は、どういう性格してんだ。
あの赤司征十郎ですよ?
親コロの彼にハサミで殺られちゃっても、これ、文句言えませんよ?
口元をひきつらせていると、赤司征十郎が悲しそうに眉を下げた。
「…困らせてしまいましたね」
『え、や…あの…赤司…さんは、どうして今日ここに…?』
「黄瀬から聞いたんです。俺と貴方が面識があることは知ってますから」
『そう…ですか…』
「…俺は1年ですから、敬語はいりませんよ」
『あ、あはは。わ、わかりまし…わかった…』
不自然なほどに優しい赤司征十郎に、喉がカラカラに渇く。
もう黄瀬涼太でも笠松幸男でもいいから来てくれ。
この雰囲気を壊してくれ!
下手くそな笑顔をみせていると、赤司征十郎の手がゆっくり顎に添えられた。
『あ、あの…?』
「どこか痛むところは?傷はもういいんですか?無理して笑っているのが分かりますよ。どうぞ横になって下さい」
顎から頬に移った手のひらが愛しそうに頬を包んだ。
無理して笑っているのは、貴方のせいです。
とも言えず、今度は背中に添えられた手に従ってベッドに横たわると、ギシッとスプリングがなった。
赤司征十郎、なんで君、離れてくれないの?
『ちょ、ちょっと近いなぁ…なんて…』
「わざと近づけているんです」
『で、でも…流石に心臓に悪いんだけど…』
「…それは、俺に対して緊張してくれているんですね」
『え』
「こうして、キスをしようとする度にあなたはいつも心臓に悪いと怒っていました」
「やはり、貴方は変わらない」そう、どこか嬉しそうに微笑んだ赤司征十郎は、そのまま顔を近づけてきた。
このパターン、嘘でしょ?
『まっ、っ!』
「っ」
“待って”という言葉は、彼の唇に飲み込まれてしまった。
なんなのこれ。もう泣きたい。
思わず目元に涙を溜めて目を瞑ると、赤司征十郎の指がそれを拭った。
そんなことしなくていいから早く離れて下さい。
そんな意味を込めて、押し返そうと彼の服を握ると、どう受け取ったのかその手を捕まれて、指を絡めるように握られた。
誰か、通訳お願いします。
「っん、ちゅっ……名前さん…名前さん、名前、名前名前名前名前名前。好きだ、好きだ好きだ好きだ。愛してる…」
愛が重いとはこういうことだと思う。
この人、怖すぎる。
一体私の何に執着してるんだ。
ギュッと抱き締めてくる赤司征十郎。
黄瀬涼太や笠松幸男だけでも大変なのに、なんでここで赤司征十郎なんだ。
小さく溢れたため息に、赤司征十郎は気づいていないのか、それとも気づかないふりなのか。
離してくれることはなかった。
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