夢小説 完結 | ナノ
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知るーknow


『こんばんはー!』

「おー本当に連れてきたな」

「…こんばんは」


「おう、よろしくな」そう人当たりのいい笑顔を見せてきたその人に、なんとなく烏野の主将さんが脳裏を過った。

仕事から帰ってきた名前さんに半ば強制的に連れて来られたのは徒歩で10分ほどの所にある中学校だった。ああ、そういえばシューズを買ってくれたときに言っていたな。
おそらくここで社会人のチームが練習をしているのだろうと思いながらついていくと、案の定というか、小さな体育館の中にコートが一つたてられていて、そこでは慣れ親しんだボールが飛び交っていた。まだ一週間ほどしかたっていないのにボールを触りたくなるのは、選手としての性かもしれない。

躊躇うことなく体育館に入った名前さんに続いて中へ入ると、まず彼女が声をかけたのはコートの外でストレッチをしていた、恐らく彼女と同年代であろう男性だった。
そして冒頭にいたる。


「君が赤葦くん?結構タッパあるね…ポジションは?」

「セッターです」

「お、それなら丁度良かった。今日セッター一人しかいなくてさ、とりあえず入ってみてよ」


え。そんな顔で目の前の人を見ると何を思ったのか、ああと頷いてから自己紹介をされた。


「俺、高橋ね。苗字とは高校の同級生な」


ニッと歯を見せて笑いかけてきた高橋さん。それにつられて「赤葦京治です」と頭を下げると、軽く握手をしてからストレッチをさせられた。
なんだか展開が早すぎてついていけない。そもそも、ここ最近ボールすら触っていなかったというのに、急にセットアップ何てできるだろうか。
不安と緊張に煽られて心臓の音を早くしていると、ふいに見学をするつもりなのか、体育館の隅に座る名前さんと目があった。


“頑張れ”


そう動かされた唇に、冷えていた指先がじんわりと暖かくなる。意外と単純なんだな、おれ。ふっと名前さんに笑ってから立ち上がる。ゆっくりとコートへ入るときには、心臓のおとはすっかり聞こえなくなっていた。










『お疲れさまあ…京治!』


試合を終えてコートから出ると、興奮した様子の名前さんが走りよってきた。「凄かった!カッコよかった!」自分のことのように喜んでくれる彼女に頬を緩めていると、高橋さんが面白そうに笑いながら肩をたたいてきた。


「いやー、赤葦くん上手いなあ。どこの学校でしてるの?」

『あ、えっと…赤あ…け、京治が通ってるの県外の高校なんだよ』

「へー、じゃあ従姉妹に会いにわざわざこっちに?仲いいんだなあ」


感心するように頷いた高橋さん。
そうか、俺は“従兄弟”ということになっているのか。別に気にすることじゃない。俺のために従兄弟だと嘘をついて連れてきてもらっているのだから。でも。
笑い合う高橋さんと名前さんの姿にチクリと何かに胸の辺りを刺された。きっとこの二人が街を歩けば、ちゃんと“恋人”に見えるのだろう。
二人からそらすように視線を下げたとき、ふいに名前さんの手が右手を掴んできた。


『そりゃ、一応“恋人”でもあるからね』


ニッコリ笑って言われた言葉に驚いて顔をあげると、高橋さんも目を丸くしていた。「従兄弟と付き合っちゃいけないなんてことないでしょ?」どこか悪戯っぽく言って見せる名前さんに刺さったトゲのようなものがとれた気がした。


「そりゃお熱いこって…。けど、赤葦くんコイツでいいの?高校生ならもっとこう…可愛い感じの彼女がほしいんじゃない?」

『ちょっと!』


からかうような高橋さんの言葉に声をあげる名前さん。冗談で言われていることを知って怒ったような反応をしているけれど、握られている右手に力が込められたのが分かった。


「…確かに、可愛い彼女が欲しいですよ」

「あ、やっぱり?」

「はい。だから…今、名前さんが彼女になってくれて、とても幸せですよ」


「こんなに可愛い人、他に知りませんから」と笑って付け足してみせると、ポカンとした顔をしたあと高橋さんは声をあげて笑いだした。自分でもなかなか恥ずかしいことを言っている自覚はある。楽しそうな笑う高橋さんからチラリと隣の名前さんに目をやると、真っ赤になった耳が目に入って小さく笑ってしまった。
ああ、やっぱり。こんなに可愛い人、他に知らない。握られている右手に力を込めて握り返すと、名前さんがどこか慌てた様子で高橋さんを見た。


『そ、そろそろ帰るね!!これから赤葦くんのことよろしく!!』

「っくく…おう。じゃあな、お二人さん」


隅に置いてあった鞄を片手に、ヒラヒラと手をふって見送ってくれる高橋さんに頭を下げてから名前さんと体育館を出ると、やけに早い足取りで彼女が歩きだした。それに合わせてついていくと学校を出た所で名前さんが急に足をとめた。


『…赤葦くんのせいで、高橋に変な所見せちゃったよ…』

「先に嬉しいことを言ってくれたのは名前さんの方ですよ」

『え?』

「…“恋人”だって、ちゃんと言ってくれると思いませんでした」


柔らかく目を細めて名前さんを見ると、キョトンと目を丸くして直ぐに笑い始めた。


『本当のこと言っただけなのに、何が嬉しいの?』

「本当のことを言ってくれないと思ったから嬉しいんですよ。多分ただの“従兄弟”として紹介されると思っていたので」

『あー…けど、あれは自分のためにしたんだけど…』

「自分のため?」


気まずそうに苦笑いを浮かべる名前さんに首を傾げると、今度はどこか気恥ずかしそうに頬を掻いてから視線を下げた。


『どこで悪い虫がつくか、分からないからね』


「赤葦くん、カッコいいし」そう照れたように笑ってみせる名前さん。なんでこの人一々人を喜ばせるのだろう。堪らず目の前の小さな体を抱き寄せると、戸惑った彼女に腕を叩かれた。
「あ、赤葦くん!ここ外なんだけど…」「いいじゃないですか。これも虫除けですよ」
主に、彼女につく虫の、という意味だけれど。できれば高橋さんに見せたいくらいだ。腕の中で顔を赤くしながら、恥ずかしそうに服を掴んでくる名前さんを。
ああ、でも。


「(他の人に見せたくない、なんて)」



自嘲気味に笑いながらも、この人を離さなきゃいけない日がくるのが怖くて仕方なかった。

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