悩むーbother
『こんばんは、赤葦くん』
「こんばんは、苗字さん」
あれから2週間。
実は、毎日同じ夢を見ている。
同じ夢、というには少し語弊があるけれど、同じ空間で毎晩赤葦くんと会うのだから間違いではない。
毎晩毎晩顔を合わせるので、自然と互いに打ち解けてきて、少しだけ赤葦くんとの距離も近くなった気がする。
人一人分の距離をあけて隣に座り、赤葦くんとのお喋りはもはや日課に近い。
ちなみに、赤葦くんの放しによく出てくるボクトくんという人が私のお気に入りだ。
そうしている間に、夢の中の時間はあっという間に過ぎていって、今日が終わる。
『それじゃあまたね』
「はい、また」
別れの挨拶がいつからか“またね”になっていた。
「は?梟谷高校?どこそれ?」
『え、知らない?』
「聞いたことないけど…」
休日、友人と出掛けたときに、ちょっとだけ夢のことを話してみた。
すると彼女は怪訝そうに「梟谷なんて学校、東京にはないわよ」と返してきた。
『でも、確かに梟谷高校のバレー部だって…』
「ていうかさ、そもそも」
“その子、本当にいるわけ?”
友人の言葉が頭のなかで反芻した。
『…それ、どういう…』
「夢の中で会ったんでしょ?そのイケメンくんに。でもさ、実際に会ったことのない人間が、夢に出てくるものかな?」
『え、じゃあ、赤葦くんは』
「名前の想像の中の子、ってことじゃないの?」
「イケメンを作りだすなんて、どんだけよ」友人はケラケラと面白そうに笑うけれど、そんな彼女とは反対に心臓の辺りが冷えていくのを感じる。
赤葦くんが、私の作りだした想像?
そんなこと…ない、とは言い切れない。
妙な不安に顔色を曇らせていると、「大丈夫?」友人に心配された。
それに大丈夫だ、と下手くそな笑顔で返したとき、赤葦くんの顔が少しだけ頭に浮かんだ。
「こんばんは、苗字さん」
『…うん、こんばんは』
整わない頭なんて知らずに、その日もまた赤葦くんは現れた。
軽く微笑みながら挨拶をしてくれる赤葦くんは、普段なら眩しいくらいなのだけれど、今日は少し陰って見える。
「…大丈夫ですか?」「え?」「なんだか少し元気がない気がしたので…」
赤葦くんて、鋭いな。
内心は苦笑い、でも顔にはいつも通りよ笑顔を浮かべて「大丈夫だよ」と笑ってみせたけれど、やっぱり上手く笑えていないのか、赤葦くんは眉を下げた。
「…すみません、余計なことを聞いてしまいましたね」
『え、いやいや、心配してくれてありがとう』
申し訳なさそうな顔をする赤葦くんに首をふって、くせっ毛の髪を撫でてあげようと手をのばしたけれど、
『っ、うそ…』
「……これは…」
私の手は、赤葦くんに触れることなく空を切った。
『す…けてる?』
「…そう…みたいですね」
思わず自分の手を見つめているの、赤葦くんも私と同じように手のひらを見つめていた。
私が赤葦くんに触れないのは、赤葦くんが存在しないからなのだろうか?
グッと下唇を噛むと、「苗字さん?」赤葦くんが顔を覗き込んできた。
「あの、本当に大丈夫ですか?俺で良かったら話聞きますよ?話すだけでも軽くなることもありますし」
優しいんだな、赤葦くんは。
でも、聞いていいのだろうか。
彼を、傷つけることにならないだろうか。
ソッと視線をあげれば、ジッと此方を見つめる赤葦くんと目が合う。
『…あのね、赤葦くん』
「はい」
『私、赤葦くんの通ってる学校に聞き覚えなくて、友達に聞いてみたんだ。だけど…「そんな学校ない」って言われて…』
「…」
そこからお互い無言になってしまった。
やっぱり、傷つけてしまっただろうか。
遅い後悔をしていると、赤葦くんが無言を破ってくれた。
「ありがとうございます」
『っ、え?』
「俺のことを心配して、さっき悩んでくれたんですよね」
だから、ありがとうございますともう一度お礼を言ってきた赤葦くんに慌てて首をふる。
お礼を言われるようなことなんて、何一つ言ってない。
「ごめんね」思わず謝ってしまうと、赤葦くんが困ったように小さく微笑んだ。
「気にしなくても大丈夫です。俺も、似たようなことを思っていたので」
『え?』
「以前、苗字さんの出身校を聞いたときから、“苗字さんは存在しないのかもしれない”と思っていました。だから、謝るべきは俺の方です」
「すみませんでした」そう言って潔く頭を下げた赤葦くん。
なんだ、そうだったんだ。
悩んでいたのは、私だけじゃなかったのか。
なんだかスッキリして、つい声を出して笑うと赤葦くんが不思議そうに顔をあげた。
『ふふっ、ご、ごめんね、でも…なんだか安心して』
「安心、ですか?」
『そう。もう、どっちでもいいかなって。赤葦くんが“私の世界”にいようといまいと、ここでこうして会って話してるってことは変わりないもんね』
「あー、スッキリした!」と凝ってしまった肩をほぐすように体を伸ばすと、赤葦くんも小さく笑みを溢した。
「…確かに、そうですね」と何処か嬉しそうに笑う彼につられてもう一度笑うと、なんだか物凄くあったかい気持ちになった。
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