24 孤高のキャッチャー&ショート
放課後、グラウンドを通って帰ろうとしたときだった。
「危ねえっ!!!」
『え?』
ドンっと何かがぶつかってきた。
その衝撃で、地面に倒れると、覆い被さるように誰かが倒れてきた。
誰?
「…とっ、おー、危なかったな」
『…あ、あの…?』
上から見てくるのは眼鏡をかけたイケメンくんだった。
こ、これはどういう状況だろう?
上にのってくる人を見つめていると、「いつまでそうしてんだ!!!!」と誰かが眼鏡さんの首根っこを掴んで引っ張った。
「いやー、つい…な」「つい、じゃねえよ!馬鹿!!!」「んだよ、倉持、羨ましいからってそんなに怒るなって」「怒ってねえよ!!!」
うーん、彼らは誰なんだろう?
見たところ野球部なのは確かだ。
体を起こして二人を見つめていると、あとから来た、ちょっと目付きの悪い人と目があった。
「あー…悪かったな」
『…あの、これってどういう状況なんですか?』
「ん、ああ、分かんなかったのか」
「それが飛んできたんだよ」と、眼鏡さんが指したのは1つのボールだった。
あ、なるほど。
納得して頷いた所で、もう一度二人を見た。
『助けて頂き、ありがとうございました』
「いいって、俺たちのせいだしな」
「そうそう」
ホッとしたように笑った二人に、笑顔を返して立ち上がろうとしたときだった。
『っ、い…』
「?どうした?」
『あ、いや…その…大丈夫です。なんでもありません』
「…足、捻ったのか?」
この人、鋭い。
首をふって否定しようとしたけれど、眼鏡さんが「嘘つけ」と呆れたようにため息を吐いた。
やっぱり誤魔化せないか。
「俺が押し倒したときだな?」
『…あー、いや、その…自分でやったので…。気にしないで』
笑ってみせたけれど、二人は眉を寄せた。
すると、眼鏡さんが何かを思い付いたように倉持、と呼ばれた人に向き合った。
それから、一言二言交わすと、走り去っていった。
どうしたんだろうか?
「今監督んとこ行ってるから」
『え?なんで…?』
「あ、戻ってきた」
小走りで戻ってきた眼鏡さん。
「いいって?」「おう」というやり取りをした後、眼鏡さんがこちらを向いた。
「苗字名前チャン、だよな?」
『え?あ、はい…なんで…?』
「うちの学校に転入してくる女子生徒なんてそうそういねえしな」
はあ、と返すと、「俺は御幸一也な」と自己紹介をされた。
その後に、倉持さんが「倉持洋一」と自己紹介してくれた。
『…えっと…あの、二人とも、私は大丈夫ですから、どうぞ練習に…』
「いや、俺は苗字のこと送っていくからよ」
『え』
瞬きを1つ。
ドンドン話を進める二人に、ポカーンとしていると、いつの間にか倉持さんは野球の練習に戻って行ってしまった。
「よし、行くか」
『え、あ、あの…』
「ああ、俺も2年だから、敬語はナシな」
『え、ちょ…』
背中を見せて屈んだ御幸くんは、「ほら、乗れよ」と言ってきた。
こ、これって、もしかして…おんぶ、ですか!?
「お、重いから無理!!」「はっはっは!大丈夫だって」「いや、でも…」「大体歩けねえんだろ?」「う…」
「ほら、」と急かしてくる御幸くん。
ちょっと迷ったけれど、諦めてその背中に乗ると、御幸くんは軽々と立ち上がった。
「よし、行くぞ」
『は、はい…』
歩き出した御幸くん。
校門から出るとき感じる視線の数々に心臓が飛び出るかと思った。
「へぇ、じゃあ苗字は歩きか」
『う、うん』
なんてことない話をしながら御幸くんにおぶられている私。
早く家に着いてくれないかなぁ。
なんて、考えていると、御幸くんが「あのさ、」と少し気まずそうに口を開いた。
『うん?なに?』
「…苗字さ、この前の土曜日、学校にいただろ?」
この前の土曜。
それは、及川さんと岩泉さんを体育館へ案内した日だ。
「いたよ」と返すと、御幸くんは申し訳なさそうに「悪い」と謝ってきた。
別に謝られる事なんてないのに、なんで?
「…実はさ、あの時聞いちゃったんだよ。お前と、他校の人の会話」
『っ…それって…!』
大きく目を見開くと、そんな私の反応に御幸くんは「悪い」ともう一度謝ってきた。
「けどさ、聞けて良かったとも思ってる」
『…どうして?』
「苗字が、どういうヤツかよく分かったよ」
『っ!それって… !』
「悪い意味じゃねえって、むしろいい意味だよ」
いい意味?
あんな話を聞いて、どうしてそんな風に捉えられるのだろうか。
「あんな事言われたら、どんな奴でも怯むよ」
『…うん。私も、怯んだ…』
「けど、苗字はちゃんと言い返してたじゃねえか。“誰かを殺そうなんて、してません”って」
御幸くんの言葉に、確かにそんな事を言ったな、と思い出す。
「真っ直ぐに、相手の目を見て言い返すお前を見てさ、あ、コイツは悪い奴じゃねえって思ったんだよ」
『…それだけで?』
「それだけで」
「だから、安心しろよ。言い触らしたりしねえよ」と笑った御幸くん。
その笑顔が、嘘には見えなくて、「ありがとう」とお礼を言うと、御幸くんの横顔が嬉しそうに見えた。
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