23 大王様とエース様
球技大会が終わると、またいつもの生活が戻ってきた。
そんなある土曜日。
特にすることもなかったので、学校の図書館で勉強でもしようかな、と休日登校をすると、見慣れない制服の二人組が校門の所に立っていた。
誰だろう?
「…あー…どの体育館だっけか?」
「確か、第二体育館だったね」
「いや、何処だよ」
どうやらうちの学校に用事があるみたい。
少し迷ってから、「あの、」と声をかけると、二人が同時に振り向いた。
『うちの学校に何か?』
「え、ここの生徒?」
『はい』
「あー、実は今日ここで練習試合やんだけどよ。俺らだけ後から来て、場所が分かんなくてなぁ…」
なるほど、そういうことか。
それなら、と「案内しますよ」と言うと、二人がパッと顔をあげた。
「いいのか?」
『はい』
「やったー!!こーんな可愛い子に案内してもらえるなんて、後から来てせーかい!」
「よろしくねっ!」とニッコリとした笑顔を向けてきた人が及川徹さん。
そんな彼を蹴っ飛ばしたのが岩泉一さんというらしい。
『へぇ…バレーの練習試合が…』
「けど、コイツが試合の前に病院行かなくちゃなんなくてな」
「いいじゃんいいじゃん!そのおかげで名前ちゃんに会えたわけだし!」
「ラッキーっ!!」なんて笑う及川さんに岩泉さんは深くため息をつく。
そんな彼らに苦笑いをしていると、及川さんが「ところで、」と言って、ニッコリとした笑顔を向けてきた。
「名前ちゃんさ、どうしてこの学校に?」
『え…?』
「だってさ、君…他の学校にいたよね?」
『っ!!』
ヤバい、彼は知っているのだ。
案内している足を止めると「苗字?」と不思議そうに岩泉さんがこちらを見てきた。
「おい、どうしたんだよ?」
「岩ちゃんさ、覚えてない?前にニュースでやってたじゃん。女子高生が同じ学校の男子生徒を殺そうとしたってやつ」
「…あー…あったな」
「あれさ、結局正当防衛ってことで、その被疑者だった女の子はお咎めなし。それに、未成年だったから名前も顔も伏せられてたんだよね」
「…まさか…」
「…けど、ネットの一部ではね、ちゃーんと顔出しされちゃったの」
「ほーんの一部だけどね」なんていい笑顔を見せる及川さん。
もう黙って、と彼の口を塞ぎたい。
なのに、動かない自分の足がうらめしい。
だんだんと呼吸が苦しくなる。
目の前がチカチカと変に眩しい。
やめて、やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめ
て
「ねえ、名前ちゃん。実際のところどうなの?あれってさ、本当に“正当防衛”だったの?」
言わなければ。
そう思っているのに、震える唇が恨めしい。
カラカラに渇く喉から声を振り絞ろうとしたとき
「やめろ、クソ川」
『あ…』
庇うように前に立ってくれた岩泉さん。
その背中をみつめていると、「えー?」という及川さんの、まるでつまらない、というような声が聞こえた。
「からかいすぎなんだよ」
「でも岩ちゃんだって気になるでしょ?」
「気になんねえよ、コイツが前の学校で何してようが俺には関係ねえよ。第一に、ネットかなんか知らねえが、信憑性のない情報を鵜呑みにするかよ」
ああ、この人はなんてイイ人なんだろう。
ツンとした鼻の奥。
目から溢れた涙は静かに頬を伝っていく。
「…悪かったな、うちの馬鹿のせいで…」
『…いえ…』
ゴシゴシと目を擦っていると、スッと目の前にハンカチが差し出された。
そのハンカチと差し出してきた及川さんを見比べていると、申し訳なさそうに眉を下げられた。
「ごめんね?ちょっと意地悪が過ぎたね」
『…いえ、』
本心、で言ってくれてるのだろうか?
まだちょっと怖いけれど、そのハンカチを受けとると、ポンポンと優しく頭を撫でられた。
『…あの、及川さん』
「ん?なに?」
『…先程の及川さんの質問ですが…』
「おい、苗字、別に気にしなくていいんだぞ」
『いえ、言わせて下さい』
真っ直ぐに及川さんに視線をやると、それに応えるように彼も目を合わせてくれた。
『…私は、誰かを殺そうなんてしてません。…信じて頂けなくても結構ですが』
「…そっか」
妙に優しく目を細める及川さん。
そんな彼に、ほんの少しホッとしていると、今度は岩泉さんの手が、少し乱暴に頭を撫でてくれた。
なんだ、イイ人たちじゃないか。
『あ、あっちの体育館です』
「おお、ありがとな」
「あ、待って、名前ちゃん。良ければ、連絡先交換してくれない?」
え。
ちょっと固まっていると、「断っていいぞ」と岩泉さんが白い目で及川さんを見ていた。
『…じゃあ、岩泉さんもしてくれるなら…』
「ん?俺か?別にいいが…」
「なんで岩ちゃんも一緒じゃなきゃだめなの!?」
『それ、及川さんが言います?警戒心高めるような事言ってきたの貴方じゃないですか』
冗談を含んで、呆れた顔をすると、「ひどいなー」と及川さんが笑った。
それにつられて笑うと、岩泉さんも頬を緩めていた。
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