89話 兄妹 と 公園
鉄朗と木兎さんと合流した後、浅草寺を4人で見回り終えると、ちょうど3時過ぎ程になっていた。赤葦くんは家の用事でここでお別れらしく、「木兎さん連れて帰りますね」とえー、と不満げな声をあげる彼を連れて帰っていった。
「で?次は何処行きたいよ?」
駅で2人の背中を見送った後、鉄朗に掛けられた問いかけに、東京の有名な場所を思い浮かべてみたけれど、どうにもピンとこない。どうしようかな、とぼんやり頭を働かせていると、不意に横を通った小学生くらいの子供たちが目に入った。
男の子が2人と女の子が1人。近くに親らしき人もいるようだ。楽しそうに駆け抜けて行くその姿に、いつかの懐かしい自分たちの姿が重なった。
『…行きたい所、あった』
そう言って鉄朗を見ると、不思議そうに「どこよ?」と首を傾げられる。そんな鉄朗に、“行きたい所”を言うと、少し目を丸くした鉄朗は、どこか嬉しそうに微笑んだ。
「…なんで俺まで…」
「そう言うなって」
行きたい所。そう聞かれて思いついたのは、昔、まだ小学生の頃に、鉄朗と研磨くんと3人でよく訪れていた公園だった。
鉄朗と研磨くんの家の近所にある其処に、家に籠ってゲームをしていた研磨くんを鉄朗が半ば強引に連れ出せば、面倒そうに研磨くんはため息をついた。
『ほら行くよー!研磨くん!』
鉄朗の家から持ってきたバレーボール。それを研磨くんに向かってぽんっと投げると、気怠い様子でそのボールをトスした。上がったボールは鉄朗の元へ行き、「ほら、よっと」鉄朗がレシーブしたボールは私へ。
小さい頃、東京に遊びに来る度にここでよく3人でこんなふうにバレーをしていた。円を作ってボールを回して、あの頃は10回も続かなかった。けれど、時間を気にせずバレーを楽しもうとしていたあの頃が、私は好きだった。
暫く円陣でボールを繋いでいると、「うわー!楽しそう!!」と少し上擦ったような声が聞こえてきた。思わず手を止めて声の方を見ると、男の子と女の子が私たちを見て目を輝かせていた。
鉄朗と研磨くんを目を合わせると、少し考えるような素振りを見せた後、鉄朗が膝を折って2人と目線を合わせた。
「一緒にするか?」
「!!する!!!!」
そう頷いた男の子の目は、とてもキラキラと輝いていた。
『はい、どうぞ』
「あ…ありがとう、お姉ちゃん」
男の子と女の子、兄妹らしい2人を加えてから数十分。疲れてしまったらしい妹さんと私は休憩する事にした。(研磨くんも休みたがっていたけれど、鉄朗に止められていた)公園のベンチに座って、自販機で買ってきた飲み物を飲みながらバレーをする3人を見つめる。
鉄朗、楽しそう。
男の子を相手にバレーボールを教える従兄弟の姿に、顔を綻ばせていると、隣に座る妹さんがこてんと首を傾げた。
『?どうかしたの?』
「…お姉ちゃん、あのお兄ちゃんの事好きなの?」
『…え?』
小さな女の子の問いかけに、思わず間抜けな声が出た。パチパチと瞬きをしながら妹さんを見つめ返すと、小さな手で鉄朗を指さした彼女は「違うの?」と再び首を傾げた。
『ちが、くはないかな…』
「じゃあお姉ちゃんとお兄ちゃんはコイビトドウシ?」
『こい…!?ち、違うよ?』
「?どうして違うの?お姉ちゃん、あのお兄ちゃんの事好きなんでしょう?」
子供って厄介だ。苦笑いを浮かべて「そういう好きとは別の好きなんだよ」と言えば、不思議そうに目を瞬かせた女の子が小さな唇を尖らせた。
「嘘」
『え、嘘って…』
「お姉ちゃん、あのお兄ちゃんの事好きだよ。ママが言ってたもん。女の子は好きな人が笑ってるのを見ると、自分も嬉しくなるんだって。さっきのお姉ちゃん、あのお兄ちゃんを見て凄く嬉しそうだった。ママがパパを見る時みたいだったよ?」
あれ。おかしい。心臓が大きな音をたてている。こんな小さな子の言う事なんだから、笑って流してしまう事も出来るのに、何故か、それが出来ない。
鉄朗の事が好き。そう、好きだ。だって大切な従兄弟なのだから。でも、本当に?従兄弟だから好きなの?
私は、
「?おーい、どうした?」
『っ!?て、鉄朗…』
不意に頭上から降ってきた声。顔をあげて相手を見ると、ボールを片手に持った鉄朗が立っていた。遊び終えたのだろうか。
妹さんと私を見比べて不思議そうにしている彼に、なんでもないと首を振ると、おとなしく座っていた妹さんがベンチから立ち上がった。
「お姉ちゃんも、ママとパパみたいになれるといいね」
そう言って妹さんは、お兄ちゃんの元へ。
「帰ろっか」「うん、」というやり取りをした小さな兄妹は、私たちに向かって手を振ると、公園から出ていってしまった。
「…さっきの、どういう意味だったんだ?」
そう首を傾げた鉄朗に「知らない」と返すと、どこか納得出来なそうにしながらも「そうか」と言った鉄朗の大きな手がぽんっと頭の上に乗せられた。
“…お姉ちゃん、あのお兄ちゃんの事好きなの?”
あの子の声は、やけに鮮明に頭の中で響いていた。
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