87話 東京 で 迷子
『…凄い、人だね…』
「そうだね」
『……これ、見つけられるのかな…?』
視線の先には人、人、人。とにかく沢山の人がいる。この中から2人を見つけられるのだろうか。
スカイツリーから出ると、次に向かったのは浅草だった。「どこに行きたい?」という木兎さんの問いかけに、「浅草」と答えたのは勿論私である。
移動は案外スムーズで、道中楽しくお喋りをしていた筈なのだけれど。
浅草の浅草寺についた所で、問題が起きた。
木兎さんと鉄朗と、はぐれてしまったのだ。
「ほんとごめん…木兎さんが勝手に進むから…」
『ううん。ちゃんと付いて行けなかった私も悪いし』
申し訳なさそうに赤葦くんは謝ってくれるけれど、悪いのは私だ。木兎さんも鉄朗も赤葦くんも、180cmを超えた長身。人混みの中でも、それ程苦労せずに進むことができる。しかし私は残念ながら身長は平均的。
グングン進む木兎さんとその後を鉄朗、赤葦くんになんとか付いて行っていたけれど、途中、軽く躓いてしまったのだ。直ぐに赤葦くんは気づいて引き返してくれたけれど、木兎さんと鉄朗はそのまま奥へ。2人が見えなくなった時点で電話をかけたのだけれど、あまりの人の多さにうまく繋がらず断念。
こうして私たちははぐれてしまったのである。
「…迷子の呼び出しかけようか?あの人には少しくらい恥をかかせてもいいと思うけど…?」
『ええ!?そ、それはいくらなんでも…』
「けど、明らかに黒尾さんも巻き込んでるし、合流できたら、苗字、1発くらい殴っても問題ないよ」
赤葦くん、木兎さんには厳しい。いや、まあなんとなく気持ちは分からなくもないけど。
うんざりした顔をする彼に苦笑いを浮かべると、ふと表情を変えた赤葦くんが「ここで待ってて」と言って人混みの中へ。え、うそ。赤葦くんまで行っちゃった!?焦ってキョロキョロと赤葦くんの姿を目で追おうしていると、直ぐに戻ってきてくれた。
『あ、赤葦くんっ!』
「?どうしかした?」
『よ、良かった…置いて行かれたのかと思った…』
ほっと胸を撫で下ろして赤葦くんの顔を見上げると、ぱちぱちと数回瞬きをして見せた彼は、次の瞬間肩を揺らして笑い始めた。
『な、なんで笑うの!?本気で吃驚して…』
「っごめんごめん。これ、買いに行ってたんだ」
『…もなか?』
赤葦くんの手にあったのはもなかだった。中にはアイスが入っている。美味しそう。
ポカンとしながらそれを見ていると、「はい、」とそれを差し出された。
『え、あの、これ…』
「美味しそうだなって。昼前で、少しお腹も減ってきたし」
「どうぞ」と更に勧められて、お礼を言いつつ受け取る。
「あ、あの、お金、」「いいよ。それより食べないと溶けるよ?」
赤葦くんの指摘に慌てて1口目を齧ると、サクッとしたもなかとアイスの甘さが絶妙にマッチしていた。
『美味しい…』
「友達が前に言ってたんだ。口に合って良かった」
ふわりと顔を綻ばせた赤葦くん。うわ、やっぱりイケメン。逆ナンされるのも肯けてしまう。
「ありがとう」ともう一度お礼を言って、二口目を食べると、やっぱり美味しくて思わず頬が緩む。そんな私に気づいたのか、赤葦くんが微笑ましそうに見てくるものだから、慌てて口元を引き締めた。
「もう一つ買ってこようか?」
『え!?い、いいよ!大丈夫!…そ、それより、これからどうしようか?』
クスリと微笑みながら尋ねてくる赤葦くんに慌てて首をふってみせると、何故か更に愉しそうに笑われた。これ、からかわれたのだろうか。
ムッと唇を尖らせると、穏やかに眉を下げた赤葦くんが困ったように口を開く。
「ごめん。ちょっとからかいすぎた」
『…やっぱりからかってたんだね』
「苗字があまりにも美味しそうに食べるから、つい、ね」
そ、そんなに顔に出ていただろうか。少しずつ頬に集まる熱を冷まそうと、手のひらで顔を煽る。
早く2人を見つけてしまおう。そう思って人混みの中を見渡して見たけれど、いくら180越えをして木兎さんと鉄朗でも、そう簡単には見つけることが出来ない。もう一度電話も掛けて見たけれど、やはり回線が混雑しているのか、繋がってくれない。
スピーカーから聞こえる無機質な音にため息をつくと、赤葦くんにも苦笑いを見せられた。
「ダメみたいだね」
『…うん…どうしよっか…』
「…もう2人で見て回ろうか?」
『え?』
不意の提案に目を丸くして赤葦くんを見上げると、赤葦くんが優しく笑いかけてきた。ほんの少し目元が赤く見えるのは気の所為だろうか。
「あの2人も子供じゃないんだし…何より、黒尾さんがいるし、大丈夫だと思うよ」
『で、でも…』
「それとも、俺と2人じゃ嫌かな?」
『そ、それはない!』
あ。思わず大きな声を出してしまった。だって赤葦くんが、悲しそうな顔をするんだもん。ぶんぶん首を振って否定をすれば、直ぐに表情を変えた赤葦くんに手を握られた。え、と手と赤葦くんを交互に見つめると、柔らかく瞳を細めた赤葦くんと目が合った。
「それじゃあ、行こうか?」
優しく引いてくれる大きな手は、思っていたよりも骨張っていて、男の子らしいものだった。
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