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82話 月島兄 と 遭遇


『…最悪だ…』


自室のベッドに倒れ込むと、ベッドのスプリングがギシッと音をたてた。


あの後、岩泉さんと二人してお互い飛び退くように距離をとった。向かい側に座る及川さんと花巻さんはポカンと呆気にとられていた所を見ると、どうやら目撃してしまったらしい。もちろん松川さんも。
慌てて「す、すみません!!」と謝れば、固まったままだった岩泉さんがハッとして「い、いや、俺こそ…その…すまん……」と顔を赤くして謝ってきた。
穴があったら入りたいってこういう時に使うのだと思う。
それから、恥ずかしいやら気まずいやらで、財布から引っ張り出した千円札をテーブルに置いて「し、失礼しました!」とそのまま店を出て家に帰り、そして冒頭となる。

ああ、穴があったら入りたい。
せめてもう少しちゃんと謝るべきだったかもしれない。
ううっと枕元のクッションに顔を埋めていると、「名前ー!ちょっといい?」お母さんの声がした。このタイミングで、一体何のようだろうか。
はーいと返事をしてリビングへ行くと、夕食の準備を始めていた母がエプロンをつけたまま振り返る。
「悪いんだけど、ちょっとお醤油買って来てよ」「えー…まあ、いいけど」「はい、じゃあこれで。おつりで何か買ってきてもいいから」
そう言って千円札を1枚渡すと、母はまたキッチンへ。渡された千円札を片手に小さくため息を零してから、早速近所のスーパーへ向かうことにした。









「ありがとうございましたー!」


店員さんの声を後ろにスーパーを出ると、もうすぐ日が落ちそうになっている。早く帰って休もう。
昼間のことで色々と痛い頭にぼんやりしていると、「おっと!」と曲がり角で誰かとぶつかりそうになってしまった。


『す、すみません!』

「え?いやいや、こちらこそごめんね?怪我なかった?」


顔をあげて謝ると、ぶつかりそうになった相手はサラサラの金色の髪をした背の高い男性だった。180センチはある。この人もバレーが似合いそうだ。なんてとことんバレー脳な自分に内心笑いつつ、もう一度「すいませんでした」と謝ると、その人は「気にしなくていいよ」と笑ってくれた。
あれ、そういえば、この人。


『…月島くんに、似てる…』

「え?…あれ?何処かで会ったことあったかな?月島は俺の苗字だけど…」

『え?』


この人も“ツキシマさん”?
戸惑うように眉を下げて笑う姿は、やっぱりどことなく月島くんに似ている。他人とは思えない。


『…あの、もしかして月島蛍くんのことを知ってますか?』

「え?月島蛍は俺の弟だけど…あ、もしかして蛍の…」

『あ、私、烏野高校男子バレー部のマネージャーをしてます。苗字名前です』

「ああ!それで!」


納得、というように頷いた月島くんのお兄さんは「おそれじゃあ後輩だ」と笑ってくれた。コロコロとよく変わる表情や雰囲気は、月島くんとは正反対と言ってもいいくらいだけれど、やっぱり似ている。
ふふっとつい笑みを零すと、そんな私を見た月島くんのお兄さんも緩んだ笑みを零した。


「弟がお世話になってます。月島明光です」

『月島くん、お兄さんいたんですね』

「うん、まあ…あんまり自分のこと話さないでしょ?あいつ」

『あはは、まあ、口数が多い方ではないですよね。でもいい子です、月島くん』


最近部活に打ち込む姿勢が少し変わりつつある後輩の顔を思い浮かべながら微笑むと、月島くんのお兄さん、月島さんがほんの少し驚くように目を丸くした。
何かおかしな事を言っただろうかと、「月島さん?」と首を傾げると、ふっと柔らかく笑んだ月島さんが「良かった」と呟いた。月島くんのしなさそうな表情を、お兄さんはよく見せる。


「蛍、…弟は、あんまり人との付き合い方が上手くないから、少し心配だったんだけど…君みたいな子が側にいてくれるなら良かった」

『そ、そんな…私はただ思ったことを言っただけで…』

「そういう風に思ってくれる人がいるってだけで、蛍は喜ぶよ」


「ありがとう」と柔らかく告げられるお礼の言葉に慌てて首をふると、月島くんのお兄さんの手がポンポンと数回頭を撫でた。大きな手だなあ。
されるがままに大人しくしていると、ハッとしたお兄さんが慌てて手を離した。


「ご、ごめんね?つい弟にやるみたいに…」

『あ、いえ。よく先輩たちに撫でられたりするので、気にしてません』

「…苗字さん、いい子だね…」

『え?いえ、そんなことないですよ?』


なぜかしみじみとした顔で褒めてくれる月島さん。不思議に思いつつ否定すると、離れたハズの手にまた頭を撫でられた。“兄”という立場だし、人のこと頭を撫でるのが好きなのかな。
月島さんに撫でられる、不機嫌そうな月島くんを想像して小さく笑うと、「?どうかした?」月島さんに首を傾げられた。


『いえ、ただ、月島くんは、あんまり素直に撫でられてなさそうだなって』

「…まあ、蛍ももう高校生だしね。今じゃ嫌な顔されて“やめろ”って言われるかもな」

『かも?今はあんまり撫でたりしないんですか?』

「…うーん…まあ、そうだね…」


月島さんは笑っているけれど、笑顔が曇っているのがわかる。月島くんと何かあったのだろうか。
兄弟のことにあまり口出しするべきではないけれど、月島くんの顔を思い浮かべると、自然と口が開いた。


『そんなことないと思います』

「っえ?」

『月島くん、素直に撫でられることもないと思いますけど、でも…本気で“やめろ”なんて思ったりもしませんよ』

「…はは…うん、そうだね…蛍は…ひねくれてるけど、可愛いやつだもんな…」

『そうですよ。それに、慕っているお兄さんに可愛がられて嫌がる弟さんっていないと思います』

「…慕ってる?」


目を丸くして聞き返してくる月島さんに、「はい」と頷くと、力なく笑ったお兄さんは緩く首をふった。


「…いや、それは…ない…かな…」

『?どうしてですか?』

「…いろいろあってね。アイツは俺に呆れてると思うよ」

『でも、さっき月島さん、私のこと“後輩”って言いましたよね?それって、月島さんも烏野に通ってたってことですよね』

「え?それはそうだけど…」

『もし、月島くんが月島さんのことを慕ってなかったら、同じ学校を選んだりしないと思います』


思ったことをそのまま口にすると、月島さんの目が再び見開かれた。
だって、そうだ。月島くんは頭もいいし、選ぼうとすれば他の高校にだって入れただろう。でも、今彼はうちにいる。烏野に通っている。それが答えになっているんじゃないだろうか。月島さんの背中を追いかけるように、月島くんは烏野へ来たんじゃないのだろうか。
呆けたように固まってしまった月島さんに、「月島さん?」と呼びかけると、ハッと意識を取り戻した彼はほんの少し、泣きそうに目を細めた。


「…そっか…もし、そうなら…そうだと、いいな…」


二人の間に何があったのかは知らない。
でも、こんなに優しいお兄さんを、月島くんが呆れたり嫌いなることなんてないと思う。
少しだけ俯いた顔に、恐る恐る手を伸ばしてつい撫でてしまうと、月島さんが驚いたように顔を上げた。


『あ、す、すみません…つい…』

「…いや、驚いたよ。まさか、年下の女の子に撫でられる日が来るなんて……でも、ありがとう。なんだか少しスッキリしたよ」


そう言って笑ってくれた月島さんの顔は、本当にどこかスッキリした表情だった。
あ、やっぱり兄弟だ。合宿で、月島くんのこの顔を見たことがある気がする。
「いえいえ!」と首を降りながらも、月島さんの表情に重なった月島くんの姿に、2人が並ぶ姿をみたいな、なんて考えるのだった。

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