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80話 二口 と 再会


1週間に渡る合宿から戻ってきた翌日。コーチの計らいで練習は休みとなった。疲れを取るためらしい。
久しぶりに自分のベッドでぐっすり眠り、起きたときには昼前に。ちょっと寝過ぎたかな。昼過ぎに家を出て向かった先は岡先生のもと。
久しぶりに先生のお手伝いをさせてもらおう。


『こんにちは、岡先生』

「おや?久しぶり名前ちゃん」


にっこり笑って迎えてくれた先生は、ちょうどお客さんを見送った所らしい。
「合宿はどうだった?」「楽しかったですよ」「そう。それは良かったね」
嬉しそうに微笑む先生に、私も顔を綻ばせたとき、ガラッと後ろの扉が開かれた。


「ちわっ……え?苗字?」

『ふ…二口くん…?』


入ったきたのは伊達工バレー部のジャージをきた二口だった。あ、そっか。二口くんここの常連さんだった。自然と丸くなった目で二口くんを見ていると、不意に以前ここで会ったときのことを思い出す。


“したくなったからって誰にでもこんな事したりしないし”


なんでこのタイミングで思い出すかな、私。
頬に集まってきた熱を隠すように目を反らすと、パチパチと数回瞬きをした後、ニヤリと意地悪く笑う二口くんが顔を覗き込んできた。ち、近い。


「あれ〜?顔赤くない?」

『っ、あ、赤くないよ!』

「ホントに?鏡持ってきてやろうか?」


ニヤニヤしている彼に頬を膨らませて背を向けると、「冗談だよ」とケラケラ笑いながら謝れる。全然謝られている気がしない。
ムッと唇を尖らせたまま文句の1つでも言おうとしたとき。


「ちわーっす」

「こんちは…って、え?」

「げっ!」


先ほど二口くんが入ってきた入口から、今度は白とペールグリーンのジャージを着た2人が入ってきた。
及川さんと、岩泉さんだ。
何故か顔を顰める二口くんと及川さんを不思議に思いつつ、「こんにちは」と挨拶すれば、「おう」と岩泉さんが片手を上げて返してくれた。


「…なんでいるの?」

「それはこっちの台詞なんすけど」


…及川さんと二口くんは仲が悪いのだろうか。
眉間に皺を寄せて睨み合う2人に困惑していると、治療室の奥から岡先生が現れた。
3人の様子を見た先生は微笑ましそうには目を細めたあと、「3人ともよく来たね」と笑って見せた。そんな先生に「こんにちは」と挨拶をした3人の声が揃っていた所を見ると、案外仲は良いのかもしれない。


「3人か。名前ちゃんに1人お願いしようかな」

『え、』

「あ、じゃあ俺が「はい!俺が名前ちゃんにマッサージしてもらいます!」はあ!?」


控えめに手を上げてくれた二口だったけれど、それを遮るように及川さんが彼の前に出た。二口くん、及川さんは先輩だよ…?そんなに睨まないで!
内心ヒヤヒヤしながら岡先生と及川さんを交互に見ると、「名前ちゃんに任せるよ」と肩を叩かれる。え、私が決めろってことですか。


『…えっと………じゃあ……二口くん、で…』

「ええ!?なんで苗字ちゃん!?」

『せ、先輩よりは気が重くないというか…やりやすいので…』


えー。と残念そうに言ってくれるのは有難いけれど、他校とはいえ3年生のマッサージはやっぱり緊張する。及川さんと岩泉さんは岡先生に任せよう。
「よろしくお願いします」と二口くんに向かって頭を下げると、頬を掻きながら「…こちらこそ」と返してくれた。

それから3人と治療室へ移動し、カーテンの仕切りを使って二口くんと私は右へ。岡先生たちは左へ。
微妙そうな顔をした岩泉さんに「…気をつけろよ」と言われたのはなんでだろうか。


『とりあえず、そこにうつ伏せになってもらっていい?』

「ん、上脱いだ方がいいか?」

『え?……あ、そっか。うん、じゃあ、お願い』


前にしたときはほとんど練習みたいなものだったので、シャツをきたままでマッサージをしたけれど、通常は脱いでもらうことが多い。ちなみに女性の人たちは下着姿になってもらってバスタオルをかける。
ジャージとTシャツを脱いで、寝台の上にうつ伏せになった二口くんは「どうぞ」言って顔を伏せた。
そんな彼に「失礼します」と声をかけて背中に手を添えると、二口くんの肩がほんの少し跳ねた。
「あ、ごめん。驚かせた?」「や、苗字、手、冷たいな」「え?あ…ごめんね?」「いや、だから謝んなくていいよ」
こんなふうにポツポツと会話をしながらマッサージを続けていると、不意に二口くんが「あのさ、」と口を開いた。


「…この前の、アレなんだけどよ」

『え…?…あっ!あ、アレって…その…』

「俺があんたにキスしたことだよ」


そんなにハッキリ言わなくても分かるよ。
つい手を止めて固まっていると、ゆっくりと体を起こした二口が目を合わせてくる。あまりに真剣な表情をしている彼に、目を反らせずにいると、二口くんの大きな手が頬を包んできた。あれ、これは。近づけられる端正な顔に「ま、待った!!」と両手でガードすれば、二口くんの唇が不満げに尖らせられた。


「んだよ、今いいとこじゃん」

『い、い、いいとこって…!』

「…俺に、キスされたの嫌だった?」


さっきまで眉間に寄せられていた眉が、今度は不安そうに下げられた。
うっ、と喉を詰まらせたあと、再び距離を詰めようとしてくる彼の胸を押し返すと、その手を掴まれてしまった。


『い、いやって言うか…正直、この前は一瞬過ぎて何が起こったのか理解するのに時間がかかったから…よく、分かんない…です…』

「…じゃあ、もっかいしてみる?それなら、分かるんじゃねえの?」

『!?な、ななな何言ってるの!?』


馬鹿なの!?と田中に言いそうな勢いで言うと、おかしそうに笑っていた二口くんが、途端に目尻を下げて柔らかい表情をする。だから、イケメンさんはそういう顔をしないで下さい。心臓に悪いです。
未だに手を掴まれているので、逃げることもできずに視線をさ迷わせていると、二口くんが小さく息をはいた。


「嘘だよ。しねえよ」

『え……』

「無理にしたって意味ないし。苗字は、俺のことそういう意味で好きじゃないみたいだし」

『うっ…ご、ごめんなさい…。二口くんのこと、まだ、よく知らないし…だから…』

「いや、このタイミングで言わなくていいよ!?余計傷つくだろ!?」

『え、あ、ご、ごめんなさい』


あ、しまった。また謝ってしまった。
これ以上の失言は避けるために口元を抑えると、呆れたような顔をした二口くんにポンポンと頭を撫でられた。


「…ま、諦めるつもりはサラサラねえけど」

『え!?ちょ、ちょっと待って!それって、』

「敵も多いし?心底面倒そうだけど…このまま諦めるなんて、んな勿体ないことできねえよ」

『で、でも……』

「一旦返事は貰ったってことでいいから、そんなに深く考えなくていいよ。俺はしたいようにするし」


ニッと口の端を上げて得意気に笑う二口くん。あ、本気なんだ。マジか。
ポカンとしたまま固まっていると、「ちなみに、今彼氏いないよな?」なんて聞いてくるものだから、反射的に首をふる。


「っし、それならまだ全然チャンスあるな」

『…二口くん、趣味、悪いね…』

「は?…お前、その発言は今まで苗字を好きになった奴ら全員を否定してるぞ…」


私のことを好きになる物好きな人なんてそうそういない。そう言い返そうとしたとき、ふと鉄朗の顔が浮かんでくる。あ、物好きいた。
鉄朗にも、ちゃんと返事をしなくちゃいけない。
ソッと視線を床に落とすと、それを不思議に思った二口くんが「苗字?」首を傾げた。


『…やっぱり、返事は早めにするべきだよね』

「?は?返事?…あー…もしかして、他にも保留にしたるやついるとか?」

『…待っててくれる、とは言われたんだけど…やっぱり狡いよね、それ』

「…待っとくって相手が言ったんなら、別にいんじゃね?けど、待たせたら、その分期待もさせると思うけどな」


二口くんの言うことはもっともだった。鉄朗のことを、このままなあなあにしようなんて思っていないけれど、長びかせていいとも思っていない。
もし、私が待たせている間に、鉄朗が他の子を好きになっても、鉄朗は私の答えを待っている気がする。

まるで相談に乗ってもらったみたいになってしまった。「ありがとう、」とお礼を言うと、「別に」と少し照れ臭そうにしながら、二口くんは再びうつ伏せになった。

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