79話 合宿 が 終わる
今日で合宿も最終日だ。
相変わらず、なかなか上げることのできない勝ち星のせいで、コートの周りをフライングで回っている皆を見ながら、タオルで汗を拭う。
この光景も、今日で終わりと思うと少し名残惜しい。
「次が最後の試合ですよね??」という仁花ちゃんの言葉に頷いていると、不意におかしな歌が聞こえたきた。え、アイツら何やってんの?
「「「お肉肉肉お肉肉〜合わせて肉肉お肉肉〜お肉万歳〜お肉神様」」」
…ついに暑さで頭もやられてしまったのだろうか…。
奇妙な動きをつけて唄い続ける田中と西谷、それに日向くんと、その隣でソワソワしている影山くんを見ながら、頬を引き攣らせていると、苦笑いを浮かべた潔子さんが説明してくれた。潔子さんは、苦笑いでも綺麗ですね。どうやら、この試合を最後に昼食は監督さんたちの奢りでバーベキューらしい。ああなるほど、と納得しながら次の相手を確認すると、不意に同じくこちらを見ていた赤葦くんと目が合った。そのまま逸らすのもどうかと思い、小さく笑んで手を振ると、目を丸くした後、赤葦くんもほんの少し手を振ってくれた。
「?名前?どうしたの?」
『あ、いえ。次は梟谷ですよね』
「うん。合宿最後の試合だし、勝てるといいね」
『はい』
笑いかけてくれる潔子さんに、私も笑い返す。
よし!今日こそ梟谷に勝ち星をあげよう!
『て、意気込みましたが…現実は甘くないですよね…』
「…そうだね」
合宿最後の梟谷戦。
バーベキュー効果で皆ミスも少なく試合に望むことができたけれど、結果は、惜しくも負けてしまった。
途中、木兎さんの調子が悪くなったように見えたけれど、やはり全国クラスのチーム。木兎さんの不調が回復するまで残りのメンバーで支え、タイミングを見計らった赤葦くんがトスをあげ、木兎さんを復活させる。
『(さすがだなあ…)』
試合後、早速バーベキューの準備に取り掛かりながらなんとなく木兎さんと赤葦くんの方を見ていると、「何見てんだよ?」鉄朗に話し掛けられた。
『んー…さすがだなあって思って…やっぱり全国区のチームは違うよね』
「ああ、梟谷か…ま、そりゃな。木兎もあれでも5本の指に入るエースだしな」
『凄いよね…』
「まあな。けど、アイツら倒して全国行く気だし、スゲエって思ってるだけなわけにはいかねえよ」
ニッと得意気にあげられた口の端。いい顔してるなあ。クスクス笑うと、「何笑ってんだよ」と額を小突かれてしまった。
「鉄朗、楽しそうなんだもん」「は?そうか?」「うん。楽しそう…というより、楽しみそう」「…まあ、楽しみっちゃ楽しみだけどな」
何気ない会話に花が咲く。中学の時、怪我をしてから距離を置いていたので、こうして話せるようになって本当に良かった。これも、烏野バレー部に入ったからこそだよな。
烏野様様だなあ、なんて思っていると「苗字、」背後から呼びかけられた。
『あ、赤葦くん。どうしかした?』
「いや、烏野はこの後直ぐに宮城に戻るって聞いたから、先に挨拶しとこうと思って」
『そんなのわざわざいいのに…』
「…まあ、建前だしね」
?建前??どういうこと?
キョトンとした目で赤葦くんを見れば、隣の鉄朗の顔が歪んだのが分かる。え、なんで急に不機嫌になってんの?
「…お前、それ…」
「なんですか?俺は、挨拶は建前だって言っただけですよ」
『建前って…他に何か用でもあるの??』
「…実は、言っておきたいことがあってさ」
赤葦くんが私に言いたいことって?
首をかしげて「なに?」と問えば、チラリと鉄朗を見た赤葦くんはどことなく面白そうに口元を綻ばせる。
「…約束、今度守るね」
『約束…?あ!もしかして、トス上げてくれるっていう?』
「そう。この前の3対3ではできなかったから」
『覚えててくれたんだね。ありがとう!楽しみにしてるね!』
笑ってそう言うと、今度は柔らかく微笑んだ赤葦くんはポンポンと頭を撫でると、「赤葦ー!!」と彼を呼ぶ木兎さんの方へ行ってしまった。
あんな些細な約束を覚えていてくれたなんて、赤葦くん、絶対モテるだろうな。
クスリと笑ってその背中を見送っていると、大きなため息のつかれる音が。
『?なに?』
「…頼むから、これ以上面倒な敵を増やすなよ…」
『はい?東京のチームのことはよく知らないけど…面倒な敵なの?』
「…そっちじゃねえよ」
なにそれ。意味分かんない。
鉄朗の言葉に首を傾げていると、猫又先生の挨拶が始まった。
ここから帰れば直ぐに春高予選が待っている。
先ずはそれに勝たなければ、またここへ戻って来ることもできない。
猫又先生の挨拶の後、お肉に飛びかかる選手たちを見ながら、「よし、」と小さく意気込む。
「?なんだよ?そんなに肉食いてえの?太るぞ?」なんてデリカシーのない鉄朗の脇腹をチョップしたのは悪くないと思う。
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