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72話 月島 が 変わる


「それが、お前がバレーにハマる瞬間だ」


合宿2日目の夜。
昨日訪れたばかりの第三体育館へ足を運び、木兎さんから投げ掛けられた言葉は、思っていたよりもずっと簡単に自分の中にストンと落ちた。

“そんなもん、プライド以外に、何が要るんだ!!!”

先ほど山口に言われた言葉を思い出して、自嘲気味な笑みをこぼす。確かに、男なんてそんなものなのかもしれない。木兎さんも、山口も、そして僕も、元を辿れば皆同じで、自分の中にあるプライドを守りたいだけ。その方法が今まで違っていただけ。プライドを守るため、僕は逃げていただけなのかもしれない。

半ば強制的に参加させられている自主練の休憩時間。タオルで顔を拭っていると、「こんばんはー」と不意に聞きなれた声が響いた。


「おー、来たか」

「お、苗字ちゃんいらっしゃい!」

『こんばんは木兎さん、赤葦くん。鉄朗に呼出されて参上しました』


ビシッとふざけて敬礼をする彼女の姿に、なんとなく昼間のことを思い出す。そういえば、あれからちゃんと話していない気がする。
怒っているのではないか、と苗字先輩の様子を見ていると、こちらに気づいた彼女が嬉しそうに表情を明るくさせた。


『もしかして!自主練!?』

「え?…ええ、まあ、ほぼ無理やりですけど」

「なんだよ!ツッキーの質問に答えてやったんだからギブアンドテイクだろ?」

『質問?なにそれ?』

「別に、大したことではないですよ。それより…」


「昼間のこと、怒ってないんですか?」そう少し意地悪い笑みを浮かべて尋ねると、一瞬キョトンとした後、先輩は直ぐにまた顔を赤くさせた。


『だ、だから!からかわないでってば!』

「からかってませんよ?」

『…そんな顔で言われても…』


ニヤニヤと笑みを浮かべながら、否定をしたものの、ジト目で睨み返される。
そんなやり取りを見ていた赤葦さんが不思議そうに首を傾げた。


「昼間のことって?」

『…月島くんが心臓に悪いことをした時の話…』

「僕はただ、先輩の無防備さを指摘しただけですよ」

『わ、私無防備じゃないよ!』

「いや、それはツッキーが正しい。お前は無防備だから」

「ツッキーって呼ぶのやめて下さい」


何故か味方をしてくれた黒尾さん。けど、いい加減にその呼び方をするのは辞めて欲しい。切実に。馬鹿にされてる気がしてならない。
黒尾さんの言葉に更にムッとした顔をした苗字先輩は、僕たちから赤葦さんへと視線を移した。


『私、無防備じゃないよね??』

「…………ごめん…否定はできない…」

『赤葦くんまで…!』


ガーンと音が付きそうな勢いで落ち込む彼女に、「弱いものイジメはよくないぞ!」と木兎さんが先輩の頭を撫で出した。
触らないで下さい。そう言うのを飲み込んで眉間に皺を寄せていると、僕の言葉を代弁するように黒尾さんが木兎さんの手を叩いた。ナイスだ。


「…まああれだ。ツッキーじゃねえが、もう少し危機感は持てよ」

『…別にいいよ、そんなもの』

「はあ?お前なあ『だって』?」

『だって、私の周りにいるのは皆いい人ばっかりだし…だから危機感なんて要らない。そんなもの持ったら皆のこと信用してないみたいでしょ?』


「私は、みんなのこと信用してるから、必要ないの」そう答えた苗字先輩に、面食らってしまう。
ハッとしたときには、顔に熱が集まっていて、それを隠すように口元を覆うと、黒尾さんと赤葦さんも同じようにしていた。
「?何してんだ?」「さあ?」
ハテナマークを浮かべる木兎さんと苗字先輩。これだから天然は。小さく息をはいて落ち着くと、同じく熱が引いたのか、嬉しそうに頬を緩めた黒尾さんは苗字先輩の髪を少し乱暴に撫でた。

そんな2人からチラリと赤葦さんへ視線を移すと、何処と無く羨ましそうな顔した彼がいて、気づくと声をかけていた。


「…いいんですか?」

「…何が?」

「いえ、別に。ただ…苗字先輩は手強いと思いますよ」


お節介だと思いながらそんなことを口にすると、意外そうに目を見開いた後、どこか楽しそうな笑みを浮かべた赤葦さんがゆっくりと口を開いた。


「その言葉、そっくりそのまま月島に返すよ」


返ってきた言葉に、小さく笑ってしまう。
なんだ、付き合いの短い赤葦さんに気づかれてしまうほど、分かりやすかったのか。

“逃げてるだけかもな”

その通りだ。あのとき、バスの中で呟いた言葉を思い出し、内心自嘲気味な笑みをこぼす。
そうだ、僕はきっと逃げているだけなのだ。自分の中にあるちっぽけなプライドを傷つけないように、バレーからも、彼女からも逃げたかっただけなのだ。

フっと笑みをこぼして、目の前の苗字先輩を見る。どうせ“諦めよう”と思って諦められるわけもないのだ。だったら。


「…そうですね」

「っ、え?」

「そういうあの人だからこそ、好きに、なったんだと思います」


視界の端で赤葦さんが目を丸くしているのが分かる。
ああ、言ってしまった。これで後には引けない。
やけにスッキリとした視界に映るのは。黒尾さんと笑い合う苗字先輩の姿。

もう、逃げたくない、なんて。
山口に言ったら一体どんな顔をするだろうか。

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