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71話 月島 と 警戒心


“どうして謝るんですか”
そう尋ねようとしたけれど、唇が塞がれてしまいそれができなかった。

ビックリして慌てて自分の口元を見ると、大きな手に覆われていた。一体誰の手だろうと、後ろを見れば、眉間に皺を寄せた月島くんが立っていた。


「何してるんですか…?」

「…っ月島…」

「…烏養さんに様子を見てくるように言われたんですよ。次、菅原さん出番みたいなんで」

「…そっか…」


2人の間に流れる空気がピリピリしているように感じるのは気の所為だろうか。ジッと睨み合う2人に、困惑していると、菅原さんが小さく息をついた。
え、と彼を見ると、困ったように眉を下げて笑った菅原さんはポンと優しく頭をなでると、そのまま体育館の中へ入っていった。


『…スガさん、どうしたんだろう…。さっきも何でか謝ってきたし…』

「それ、本気で言ってるなら、先輩は超がつくほどの鈍感ですね」

『え?鈍感?』

「ええ、鈍感です」


に、2回も言うなんて。やっぱり月島くんは私のことを先輩と思っていないのではないか。
ムッと唇を突き出して月島くんを見上げていると、「そういう所ですよ」と呆れたようにため息をつかれた。何がそういう所なのだろうか。


「…とりあえず先輩は、警戒心…もしくは危機感を持った方がいいですよ」

『…それ、誰に対して??』

「誰に対してもです。強いていうなら“男”という生き物に対してですかね」

『…じゃあ、月島くんにも?』


純粋に感じた疑問に首を傾げて月島くん見ると、ほんの少し目を丸くした後、月島くんは答えの代わりにまたため息をはいた。そんなにため息をつかなくても。なんだか傷つく。
ちょっとだけ頬を脹らませて月島くんをジッと睨むと、月島くんは少し気まずそうに頬を掻いた。


「…そこは、先輩の判断ですよ」

『なにそれ?よく分からないなあ…スガさんには警戒心を持った方がよくて、月島くんに対しては私で考えろってこと?』

「そうですね。そうしてください。僕のことを僕が決めるのも可笑しいでしょう」

『それはそうだけど…そもそも、バレー部の皆に対して警戒心も危機感も必要ないと思うんだけど…』

「そこが甘いんですよ」


少しだけイラついたような声。何がそんなに気に入らないのだろうか。口を開いてどうして怒っているのか尋ねようとすると、月島くんの右手が両目を包んだ。
え、と声を漏らすと同時に、柔らかい何かが頬に触れる。
次に視界が開けて、月島くんを目にすると、いつもと変わらなぬ彼がいて、何が起こったのか一瞬、本気で分からなかった。


「ほら、無防備」

『っ!い、今のって…!?』

「警戒心がないからこういう事をされるんですよ。だから、やっぱり、僕にも対しても持った方がいいですね」


“警戒心”


そう耳元で囁かれれば、たちまち耳まで赤くなる。
「か、からかわないで!」「えー?別にからかってませんよ?」
明らかに馬鹿にしたような笑みを浮かべる彼を一睨みしてから、逃げるように救急箱を持って体育館の中へ。月島くんがここまで意地悪だったなんて。
熱くなった頬を冷ましながら潔子さんの元へ走ると、月島くんが後ろで小さく何かを呟いた。


「…からかってなんか、いるわけないでしょ」


彼がなんと言ったのか、聞き取ることはできなかった。

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