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63話 山口 と 話す


昼休み。
ツッキーとご飯を食べる前に飲み物を買おうと自販機まで行くと、持ってきたはずの小銭が10円足りなかった。
また戻らなきゃ。めんどうだなあ。
小さく息をはいて踵を返すと「あれ?何も買わないの?」という聞きなれた声がした。


「あっ…苗字先輩??」

『ふふ、こんにちは!』


にっこりと笑って挨拶をしてくれた先輩。
それに慌てて頭を下げると、先輩がまた小さく笑った。
ツッキーに、彼女に会ったと言ったらどんな顔をさせるだろうか。
きっと、「ふーん」なんて言いながらもいい顔はしないのだろう。
想像できる幼馴染みの姿に小さく笑っていると、「そういえば、」と先輩が思い出したように自販機を指した。


『ジュース、買わないの?』

「あ…、小銭、足りなくて」

『あー…何買おうとしたの?』

「お茶ですけど…」


「お茶ね、」と繰り返したように呟いた先輩は、自販機に向かうと有名なメーカーのお茶を買った。
あ、俺が買おうとしたやつだ。
先輩も同じの買おうとしてたんだな。
へー、なんてなんとなく感心していると、「はい、これ」と先輩がそのお茶を差し出してきた。


「…へ?」

『これどうぞ!』


「はい!」と押し付けるように渡されたお茶に数秒間瞬きをして瞠目していると、苗字先輩がクスクスと笑い声を溢した。
そんな先輩にハッとして、慌てて「い、いいです!大丈夫です!!」と首をふったけれど、一度受け取ってしまったそれを先輩は全く受け取ろうとしない。


『いいからいいから。最近サーブ練頑張ってる差し入れ的な感じだから』


「ね?」と首を傾げる先輩。
これ以上断るのも悪い気がして「ありがとうございます」とペコリと頭を下げると、満足そうに笑ってから、また自販機に向かった。
自分の分を買うのだろうか。


『ねえ、山口くん。月島くんは何飲むかな?』

「ツッキーですか?そのときによりますけど…甘い系も好きですよ?」

『あ、そっか。ケーキも好きだもんねー』


そう言って先輩が選んだのは、いちご牛乳だった。
確かに甘いものが好きだと言ったけれど、ツッキーがこれを学校で飲んだの見たことないな。
けど、「これでいいかな?」と首を傾げながら、いちご牛乳を渡してくる先輩を見ていると、きっと先輩が選んだものならツッキーは飲むのだろうと、頷いて返した。


「ツッキーにも、差し入れ的なやつですか?」

『…んー……そうだなあ。月島くんには、“これから頑張れ!”っていう意味も込めて、かな』


ちょっとだけ、寂しそうな顔をした先輩。
ツッキーが見たら、どんな顔をするのかな。
先輩のこんな顔、きっと見たくないんだろうな。
「渡しておきますね」とピンクのパッケージのそれを受け取って、またお辞儀をしてから教室に戻ろうとすると「山口くん、」と苗字先輩に呼び止められた。


「?なんですか?」

『……月島くんのこと、よろしくね』


ツッキーのこと?俺が?
キョトンとした顔で先輩を見つめ返すと、ふふっと笑った彼女は「また部活でね」と手をふって行ってしまった。

もし、ツッキーが、一歩踏み出せるのだとしたら、それはきっと…きっと、先輩のおかげになるのではないのだろうか。
けどもし、あのカッコいいけど不器用な幼馴染みのために、何かできるのなら。
ゆっくりと手に力を込めると、先輩から貰ったお茶の冷たさを感じた。

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