61話 3年生 に 話す
東京から帰ってきた翌日。
体育館の点検のため、部活は休みになった。
そのため、久しぶりに岡埜先生の所へ行ってきた。
少し手伝いをすると「せっかく休みなんだし、名前ちゃんも休んでおいで」と岡埜先生に言われたので、お言葉に甘えて家に帰ることに。
家に帰ったら何しよう、なんて考えながら歩いていると。
「わっ!」
『!?!?』
「ははっ、ごめんごめん。ビックリしたか?」
『す、スガさん?それに大地さんと旭さんも…』
後ろから驚かされて振り向くと、立っていたのは3年生だった。
「こ、こんにちは」とまだドキドキしたいる心臓の辺りを押さえながら挨拶すると、3人も笑いながら返事を返してくれた。
『あの、どうしてこんなところに?』
「ああ、そこの図書館で勉強してたんだが…どうにも身が入らなくてな」
流石3年生。
お休み=勉強なんて田中やノヤは絶対しない。
「お疲れさまです」と言うと、旭さんが「ありがとう」と笑ってくれた。
「名前は何してたんだ?」
『えっ!あー…えっと…』
「「「??」」」
どうしよう。
今まではビックリさせようと秘密にしていたけれど、そろそろ言ってもいいだろうか。
岡埜先生にも一応許可はもらえているけど…。
迷ってしまって黙っていると、三人が何かに気付いたようにハッとした。
「(まさか…)」
「(彼氏とか!?)」
『?』
どうしてか顔を青くするスガさんと大地さん。
気分でも悪くなったのかな?
「大丈夫ですか?」と首を傾げると、二人は慌てたように頷いた。
「…苗字、」
『?はい?』
「その…言えないような所にいってたのか?」
『え!?』
…どうしよう。
先輩たちがスゴく心配そうな顔をしている。
じっと見つめてくる3人に、なんだか申し訳なくなって答えに迷っていると、ガッ!と肩をつかまれた。
「…か、彼氏と…いたのか?」
『え!?彼氏!?』
「え、違うのか?」
険しい表情で迫ってきたスガさんに「違いますよ!」と首をふると、なぜか大地さんと二人でホッと息をついていた。
そんな二人を不思議に思いながら見ていると苦笑いを溢した旭さんが思い出したように声をあげた。
「結局、苗字はどこに行ってたんだ?」
『…実は…マッサージを教わってるんです』
「マッサージ?」
『インターハイのあとコーチに勧められて…。その、皆を驚かせようと思って今まで黙ってたんです』
「すみません」と眉を下げて謝ると、3人は目をあわせて驚いた顔をした。
「いや、その…謝るようなことじゃないが…大変だったんじゃないか?部活もあるのに、そんなマッサージまで覚えるなんて」
『大変、とは思いませんでした。だって、皆さんの方がもっとずっと頑張ってるの見ていたので…その力になれるなら、このくらいなんてことないです』
緩く笑ってみせるとまた先輩たちは目を見開いた。
そんなに変なことを言っただろうか、と首を傾げていると、大地さんの大きな手がのびてきた。
『っ?大地さん?』
「…ありがとな、苗字」
『…ふふっ、お礼を言われるようなことはしてませんよ』
「それでも、言いたいんだよ」
「ありがとう」そうもう一度言った大地さんは柔らかく頭を撫でてくれる。
スガさんと旭さんも優しく微笑みながらお礼を言ってくれた。
“皆のために”
そう思ってマッサージの勉強をしてきた。
先輩たちから「ありがとう」と、そう言われるだけで、その時間は無駄じゃなかったんだと思える。
嬉しさから溢れる笑みを隠すこともせずに笑っていると、今度は大地さんに代わってスガさんが頭を撫でた。
この優しい先輩たちともっともっとバレーができますように。
胸の奥で呟いた願いは、綺麗な青空に吸い込まれた。
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