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59話 赤葦 と 手


“…冗談じゃないっすよ。俺、さっき目があったときビビっと来たんすもん。これ、“一目惚れ”ってやつっすよね?”
“こっちはもう何年も片想い続けてんだよ。てめぇの軽い気持ちに邪魔されんのはごめんなんだっつーの”



『っ!!…ゆ、夢…?』


夜中、目を覚ましてみると隣には潔子さんと仁花ちゃんが気持ち良さそうに寝ていた。
よかった、起こさなかった。
ホッとしてもう一度ふとんに潜って見たけれど。


『(…眠れない)』


目を閉じても寝れる気が全くしない。
あの恥ずかしい夢のせいかな。
鉄朗と灰羽くんのやり取りを思い出して火照った顔をどうにかしようと、こっそり部屋を抜け出して、向かったのは自販機。
飲み物の1つも飲めば落ち着くだろう。

薄暗い中自販機の前まで行くと、なんと先客がいた。


『…赤葦くん…?』

『え、苗字さん??』


お互い見つめあったまま固まってしまう。
まさかこんな夜中に起きてる人がいるなんて。
ポカンとして赤葦くん見ていると、ハッと何かに気づいた赤葦くんが眉を下げた。


「こんな夜中に一人でいたら危ないよ?」

『え?危ないって…校内なのに?』

「いや、その……苗字さんは女の子なんだし…」


女の子だと夜に校内を歩くとあぶないのだろうか? 
赤葦くんの言葉に首を傾げるとちょっと呆れたようにため息をつかれた。なんでだろう。


「眠れないの?」

『うん、なんだか目が覚めちゃって。赤葦くんは?』

「似たような感じかな。もっと言えば、一回目が覚めると木兎さんの寝言がうるさくてね」


何それ、ちょっと聞いてみたいかも。
想像してしまってクスクスと笑うと、赤葦くんもフッと笑みを見せてくれた。
薄暗い中、自販機の明かりに照らされたその笑みに少しだけ心臓が高鳴った。
イケメンさんってズルいな。
ぼんやりとそんなことを考えていると
「何かのむ?」「え、あ、うん」「何飲むつもり?」「スポーツドリンクかな?って…あっ」「はい」
赤葦くんて、本当にイケメンさん。
飲み物を奢ってもらってしまった。
一瞬迷ったけれど、「ありがとう」と差し出されたペットボトルを受けとると、二人で自販機の隣にある小さなソファーに腰かけた。

何か話した方がいいかな。
チラリと隣の赤葦くんを盗み見ると、先に口を開いたのは彼だった。


「昼間にさ」

『え?』

「黒尾さんが苗字さんのこと従姉妹だって言ったとき、ちょっと違和感あったんだ」

『…違和感?』

「けど、さっきの灰羽とのやり取り聞いて納得したよ。黒尾さん、君のこと特別に想ってるんだね」


赤葦くんの言葉に思わず目を見開いて顔を真っ赤にすると、赤葦くんが不思議そうに首を傾げてきた。
「大丈夫?」と尋ねて来る彼に、慌てて頷くと赤葦くんが小さく笑みを溢した。
何か変なことをしただろうか?


「ああ、ごめんね。反応が面白くてつい…」

『え、そ、それはいいんだけど…。あのさ、鉄朗、赤葦くんや木兎さんに何か言ってたりしない?』

「え?」

『わ、私のこと、とか』


笑っていた赤葦くんは今度はキョトンとした顔をした。
クールな人だと思っていたけど、意外と表情豊かだ。
「どうしてそんなこと聞くの?」と首を傾げた彼に、重たい口をゆっくりと開いた。


『…灰羽くんと張り合って、あんな風に言ってくれたけど…本当はもぅ、待つのが嫌になってるんじゃないかなって思って…』

「…それって、黒尾さんにまだ返事をしてないってこと?」


赤葦くんの問いかけに、歯切れ悪く頷くと赤葦くんも困ったように眉を下げた。


「そういう話は聞いたことないし、黒尾さんが君を好きなことだって今日知ったから…」

『…そうだよね…』

「けど、黒尾さんはさ、君に返事を促したの?」


赤葦くんの台詞に「え、」と声をもらしてから小さく首をふる。
鉄朗は、私にそんなこと言ったりなんてしない。
だってアイツは優しいから。


『…鉄朗は、優しいから言えないだけかもしれない…』

「…まぁ、それもあるかもしれないけど…。本気じゃなかったら、灰羽に対してあんな風に突っかかる人でもないと思うよ」

『…それは…』

「苗字さんが返事を返せないのだって、中途半端なことをしたくないからじゃないの?だったら、黒尾さんは多分まだ待ってくれるよ。“そういう”君を好きになったんだから」


柔らかく微笑む赤葦くん。
この人、本当に同い年かな。なんだか年上に思えてきた。
鉄朗はそんな人じゃない。
もう待てない、なんて思うような人じゃない。
分かっているつもりだったのに、なんだか情けない。
自嘲気味に笑ってから、「ありがとう」と赤葦くんに言うと、「お礼を言われるようなことじゃないよ」と首をふられる。
赤葦くんは、なんて優しいんだろう。


『…あ。あの、もし良かったらマッサージさせてくれない?』

「え?」

『赤葦くんのおかげでなんだかスッキリしたし、そのお礼といってはあれだけど…』

「いや、けど……」

『手のひらだけ、ダメかな?』


少し戸惑った様子の赤葦くんにだめ押しでもう一度問いかけると、眉を下げた赤葦くんは「じゃあ、少しだけお願いしようかな」と手のひらを広げてくれた。
それに「ありがとう」とお礼を言って彼の手のひらを両手でマッサージしはめた。


『…赤葦くん、意外と手、おっきいね…』

「そうかな?」

『うん。…この手が、梟谷を支えてるんだね…』


マッサージしながら、ついまじまじと赤葦くんの手を見つめていると、ふいにもう片方の赤葦くんの手に右手を捕まれた。
え?と顔をあげると、赤葦くんの顔が本の少し赤くなっていた。


「…その、あんまり見られると…手でも恥ずかしいというか…」

『あ、ご、ごめん…』


つられて自分の頬も熱くなる。
なんだろ、これ。
お互いに固まっているの、ふいに「ふっ」と赤葦くんから小さな笑い声が聞こえてきた。


「っ、ごめん。なんか、こんなところで何してんだろうって思ったら面白くて」

『…確かに』


二人して顔をつきあわせて笑う。
なんだろ、スゴい気持ちが軽くなった。
笑いすぎて目尻にたまった涙を拭ったとき「そろそろ戻ろうか」と赤葦くんが言った。
それに1つ頷いて、自分の寝床に戻ろうとすると、「苗字、」赤葦くんに声をかけられる。


「…おやすみ」

『うん。おやすみ、赤葦くん』


小さく手をふって今度こそ足を進めた。
そういえば、今、さん付けじゃなかったな。
今寝たらなんだかいい夢が見られる気がする。
そんなことを思いながら、心の隅でもう一度ありがとうを呟くのだった。

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