58話 灰羽 と 話す
『9セット目にして、初勝利、ですね』
「うん、」
苦笑いを溢した私と潔子さん。
補習で遅れてきた日向くんと影山くんを加えた烏野は、9セット目でようやく初勝利。
まあ、一勝できただけでも良かったのかもしれない。
汗を拭いながらコートから出てくる皆にボトルを手渡していると、日向くんが立ち止まっているのに気づいた。
どうしたのかな?
日向くんの視線の先を追うと、そこには日本人離れした長い手足を持った音駒のセンターさん。
凄い子がいるなぁ。
ほうっとしながら彼を見ていると、たまたまその子と目があった。
『あ……えーっと…』
とりあえずお辞儀でもしようか。
ペコリと小さく頭を下げると、彼はニッコリ笑って手を降ってきた。
それに気づいた鉄朗に「集中しろっ」と頭を叩かれたいた。
「リエーフだね」
『リエーフくん?』
日本人、だよね?
夜ご飯を日向くんと犬岡くんと食べていた研磨くんの隣にお邪魔してさっきの彼の事を尋ねると、小さな声で答えが返された。
「ロシア人とのハーフなんだって」
『へー…確かに、顔立ちも体つきも日本人離れしてるもんね』
感心したように頷いていると、ガタッと向かい側の椅子が引かれた。
「どうもです!」
『あ…えっと…リエーフくん?』
目の前に腰かけたのは話題の彼だった。
ニコニコとした笑顔を向けてくれる彼に、ちょっとだけ驚いていると、「何しにきたの?」と隣の研磨くんが心底面倒そうに顔をしかめた。
「研磨さんひでー!烏野のマネさんと話してみたいだけっすよ!」
『…私と??』
「さっき目があいましたよね??そのとき可愛い人だなあーって思ったんすよ!」
『え』
ちょっとノリが軽いというかなんというか。
苦笑いしてリエーフくんを見返すと「名前、何て言うんですか?」と首を傾げられた。
あ、なんか可愛いな。
『苗字名前、2年です』
「灰羽リエーフ、1年っす!!」
屈託のない笑顔を見せてくれる灰羽くん。
隣の研磨くんはうるさそうにため息をはいているけれど。
「よろしくね」「よろしくお願いします!」と互いに挨拶をしたところで、「あ、」と何かに気づいたのか灰羽くんが席をたった。
どうしたんだろう?
不思議に思いながら彼を見ていると、灰羽くんは向かい側から私の隣の席に移ってきた。
『…えっと…?』
「こっちの方が近いなーって!」
確かにそうだけど近くなる意味はあったのだろうか。
キョトンとしながらも「そうだね」と返すと、灰羽くんがちょっと悪戯っぽく口角をあげた。
「名前さん、彼氏いますか??」
『え!?』
い、いきなりなんでそんな質問を?
少し大きな声をあげたせいか、周りからの視線が痛い。
口を開けたまま灰羽くんを見つめると、悪意のない笑顔を返された。
『い、ない……けど…』
「え!マジですか?」
『う、うん…』
「へー名前さん可愛いのに勿体無いっすね。あ!じゃあ俺とかどうですか??」
灰羽くんの言葉に「え」と声を漏らしたとき、それとほぼ同時に隣からバキッというような凄い音が聞こえてきた。それも2つ。
「リエーフ?お前何、人の従姉妹に手ぇ出してんだ?あ?」
「ごめんね苗字さん。コイツの言うこと気にしなくていいからね?」
『て、鉄朗に夜久さん…』
灰羽くんに制裁を与えたのは鉄朗と夜久さんの二人だった。
痛めた所を擦る灰羽くんを見て、どんな力で殴ったんだろうと冷や汗を流していると、回復したのか、机に突っ伏していた灰羽くんが勢いよく顔をあげた。
「二人とも酷いじゃないですか!」
「うるせぇ、お前がふざけたこと言うからだろうが」
「…じゃあ、本気だったらいいんですか?」
「あ?」
なんだか空気が悪い。
鉄朗と灰羽くんの間に流れる雰囲気が黒く見える。
話題を反らそうとすると、「名前さん」と灰羽くんが真剣な顔でこちらを向いた。
「…冗談じゃないっすよ。俺、さっき目があったときビビっと来たんすもん。これ、“一目惚れ”ってやつっすよね?」
『……え、ちょっ…え?』
今、何て言われた?
呆けた顔で固まっていると、「リエーフ」と地を這うような低い声が聞こえてきた。
「…あんまりふざけてっとマジに許さねぇぞ?」
「だから、ふざけてませんって。それにいくら従姉妹だからってそんなことまで黒尾さんに関係あるんですか?」
「従姉妹どうこうじゃねえよ。…てめぇがコイツに手ぇ出すっつーなら、黙ってるわけにはいかねぇんだよ」
『て、鉄朗?』
「こっちはもう何年も片想い続けてんだよ。てめぇの軽い気持ちに邪魔されんのはごめんなんだっつーの」
「は?」
「「「「はああああああああ!?!?」」」」
なに、この羞恥プレイ…。
いまだに睨み合っている二人。
誰か、この状況助けて下さいっ!!!
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