56話 東京 に 着く
『んー…!!着いたあー!』
バスに揺られて数時間。
目的地について、お日様を見上げるとやけに眩しく感じて思わず目を細めてしまう。
「…元気ですね」
『うん!…肩、ごめんね?』
「…別に」
ふいっと反らされた顔。
やっぱり怒ってるのかな?
まさか月島くんの肩を借りて寝てしまうとは思わなかった。
「ごめんね?」「…別にいいですって」「けど…選手の肩に寄りかかるなんて…」「だから、大丈夫です。そんなに柔じゃありません。それに…」
「…?それに?」「…いえ、別に」
あれ?なんか歯切れ悪い。
首を傾げて月島くんをみていると、「名前」鉄朗の声がした。
『鉄朗!』
「よっ、来たな」
ニッと歯を見せてくる鉄朗に自分も笑って頷き返す。
「元気そうだな」「鉄朗もね」と他愛もないやり取りをしてから、大地さんと三人で並んで歩き出すと、後ろから凄い声が聞こえてきた。
どうやら山本くんらしい。
潔子さんも仁花ちゃんを見て何かを叫んでいる。
不思議そうに彼を見つめていると、「あれは無視しろ」と鉄朗がため息をはいた。
『それじゃあ、先に体育館の方に行ってますね』
「ああ、準備ができたら俺たちも行くな」
ポンポンと頭を撫でてきた大地さんに笑って頷いてから、「名前、」と呼びに来てくれた潔子さんたちと体育館へ。
そのとき、鉄朗と目が合うと何故か不機嫌そうな顔をしていた。なんで?
『(4連敗…)』
コート一周分のフライングをしている皆を見ながら、小さく息をはく。
待ち待っていた東京合宿の戦績は今のところ4試合中0勝。つまり、全敗である。
甘く見ていたわけじゃない。
けど、やっぱり足りないんだ。
烏野の力を100%以上発揮するためには、あの二人がいなければならない。
フライングを終えて戻ってくる皆にドリンクを渡していると、ふとその中身が少なくなっていることに気づく。
確か今から昼休憩のはずだし、ドリンクは休憩があける前に作ろう。
そう思って、空になっている入れ物だけ、水場に運ぶことにした。
『潔子さん、ボトル置いてくるので、仁花ちゃんと先に行ってて下さい』
「手伝うよ?重いでしょ?」
『ほとんど空なので大丈夫ですよ』
よいしょ、とボトルケースを持ち上げて「いってきますね」と潔子さんに一言言って歩き出した。
少し心配そうな顔をした潔子さんだけれど、「お願いね」と微笑んでくれた。綺麗。
そんな潔子さんの笑顔にほっこりしながら体育館を出て、水場に行くために角を曲がろうとしたとき。
「っと、」
『わっ!?』
視界に現れたのは白い壁。
いや、実際には壁ではなくて白いジャージを着た人。
驚いて後ろへ仰け反ると、ドリンクの重みで思っていたよりも進んでしまう。
ドン、と背中を壁にぶつけて、ようやく足が止まってくれてから、さっきぶつかりそうになった人を見ると、相手も驚いた顔をしていた。
「あ、その…すみません、大丈夫ですか?」
『え?あ、いや、その…私の方こそすみません』
申し訳なさそうに眉を下げて謝ってきたのは、梟谷のジャージを着た人だった。
確か、セッターをしていた。
慌てて此方も謝ると、梟谷のその人は心配そうに首を傾げた。
「どこか怪我とかありませんか?」
『あ、あはは。大丈夫でs…っ!!』
心配してくれるその人に元気なことを示そうと、壁に寄りかかった状態から立ち上がろうとしたのだけれど、なんてタイミングだ。
足に体重をかけた瞬間、膝にはしった激痛。
思わず顔を歪めると、梟谷の彼がはっとしたように寄ってきた。
「どこか痛めたんですね?」
『…こ、これは、その…』
「…すみません…俺のせいで」
『ち、違います!これは、私が元々患っているもので…その…あなたのせいではありません!』
「だから、そんな顔しないで下さい、」物凄く申し訳なさそうに目を伏せた彼にそう言うと、伏せられていた目が少し見開いた。
『わたし、中学のときから膝が悪いんです。だから、その…これはさっきの怪我ではありません』
「だから、気にしないで下さいね」そう言って、片足を庇いながら、壁に手をついて立つと、梟谷の彼が複雑そうに眉を下げた。
そんな彼にペコリと頭を下げてその場を去ろうとすると、「待って下さい」の手を捕まれた。
『え…あ、あの…』
「怪我のことは分かりました。けど、責任を感じなくていいと言われて、納得はできません
『いや、けど…』
「…せめて、移動の手伝いくらいはさせて貰えませんか?」
「お願いします」と言ってくれる彼に、断るのはなんだか失礼な気がして、「それじゃあ、お願いします」と頭を下げた。
すると、どこかホッとしたような顔をした彼は私の横にまわって「失礼します」と一言断ってから、腰を抱いてくれた。
あ、この態勢…岩泉さんにもされたなぁ。
なんてぼんやりとそんな事を考えていると、「行きますよ?」と言われて、慌てて足を進めた。
「…」
『…あ、あの、お名前を聞いても…?』
「あ、俺は、赤葦京治です」
『私は、苗字名前です。高2です』
「同い年なんですね」
『ほんと?じゃあ敬語はナシにしようか』
良かった。無言ではなくなった。
ホッとしながら、話題をバレーの方へ。
「赤葦くん、セッターだよね?」「うん、そうだよ」「赤葦くんのトスって打ちやすそうだった。あたしも打ってみたいもん」「苗字さんもプレイヤーなの?」
しまった。話題のチョイスを少しミスしたかもしれない。
不思議そうに見てくる赤葦くんに「元、ね」と言うと、案の定顔を曇らせてしまった。
「…それって…」
『…あー、うん。この怪我のせいなの。中2まではバレーしてたんだ』
ヘラリと笑ってみせたけれど、赤葦くんは申し訳なさそうに眉を下げて「ごめん」と謝ってきた。
彼が謝ることじゃないのに。
「私の方こそ、こんな話してごめんね」と返すと、再び、沈黙が訪れる。
どうしたものか、と思っていると先にそれを破ったのは赤葦くんだった。
「もう、全くできないの?」
『え、ううん。少しくらないならできるよ?』
「なら…」
『うん?』
「俺のトスで良ければ、いつでもあげるよ
『え』
「さっき、“打ってみたい”って言ってくれたから…だから、いつでも言って」
思いがけない赤葦くんの言葉にポカーンとしていると、赤葦くんに「大丈夫?」と顔を覗き込まれた。
れにはハッとして、コクコクと頷いてから「ありがとう、赤葦くん」と笑うと、赤葦くんも柔らかく笑ってくれた。
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