55話 月島 と バス
※視点変更あり
主人公→月島
「よし、じゃあ出発すんぞ」
先生の言葉に眠い目を擦りながら返事をすると、潔子さんが笑った。ああ、美しい。
東京遠征に参加するために出発は真夜中となった。
もし、日向くんがいれば、もう少し騒がしくて、目も覚めそうだなぁ。
なんて考えていると、皆がバスに乗り始めたので、その後に続いた。
テストの結果、日向くんと影山くんは、それぞれ英語と国語で赤点をとってしまったのだ。
それでも二人は来る気満々で、補習が終わったあと、田中のお姉さんの冴子さんによって、もうスピードで駆けつけてくるそうだ。
潔子さんが座って、仁花ちゃんにその隣に座るように促すと、仁花ちゃんが凄い勢いで首をふった。
「わ、わわわわわわたしなんかが、清水先輩の隣になんて…!!」
『いや、でもね』
「ど、どどどどどうぞ、苗字先輩がお座り下さいっ!!」
『いや、けど……』
日向くんがいるならまだしも、まだ慣れていない仁花ちゃんを他の部員とや、まして一人で座らせるのは気が引ける。
どうしよう。
チラリと潔子さんを見ると、潔子さんも困ったように笑っていた。
『えっと…』
「…谷地さん、」
「は、はひ!?つ、月島くん…?」
「僕が苗字先輩と座るから、谷地さんは気にせず清水先輩と座りなよ」
え、
ギョッとして月島くんを見るとなんてことない顔をしている。
あれ?けど山口くんは?
視線を山口くんの方へ向けると、彼はすでに縁下と座っていた。
「そ…そういうこと、ですか…」
『え?え?』
「…ふふ、座ろう。仁花ちゃん」
「はい!」
え?どういうこと?
何故か楽しそうな顔で席に座った仁花ちゃんと潔子さん。
それにキョトンとしていると、「先輩、座りますよ」と月島くんに腕を引かれ、席に座らされた。
『…あの、良かったの月島くん?山口くんは…』
「縁下さんと座ってるじゃないですか」
『え…喧嘩中?』
「違います」
なんだ、喧嘩じゃないのか。
ホッとして、少し笑みを浮かべると、月島くんが小さく息をはいた。
「…聞かないんですか?」
『?何を?』
「なんで先輩を誘ったのか」
『仁花ちゃんと潔子さんを座らせるためでしょ?
ありがとね』
そうだ、月島くんのおかげで無事に仁花ちゃんと潔子さんを座らせられたんだ。
笑ってお礼を言うと、何故かため息をつかれた。なんで??
ため息つかれるような事を言ったかな、と思っていると、なんだか目がシュパシュパした。
そういえば、今は夜中だっけ。
眠い目を擦っていると、隣からクスリと笑みが溢された。
「なんだか子供みたいですね」
『うーん…眠いし……』
「…僕も一眠りしますし、先輩もどうぞ」
そう言って、目を閉じた月島くん。
それに続くように瞼をおろすと、微睡みに誘われて眠りに落ちた。
この人、危機感なさすぎでしょ。
隣で眠る先輩マネージャーの姿に、再び小さなため息をつく。
ただの後輩。
それが今のポジションなのだろう。
不満…なのだろうか。この立ち位置が。
自分でも、計りかねている感情。
これは“恋”なのだろうか?
聞こえてくる小さな寝息。
伏せられた瞼。
少しだけ開いた唇。
規則正しく揺れる肩。
「逃げてるだけかもな…」
「?ツッキー?何か言った?」
後ろの席に座る山口に「別に」と返してから、もう一度隣の彼女を見つめる。
分かってる。
本当はもう手遅れだって。
けれど、この人を好きになることがどれほど大変なのかも分かっているのだ。
主将に菅原さん。それに伊達のヤツも怪しいし、音駒の主将だってそうだ。
きっと他にもいるのだろう。
本日三度目のため息を落としたとき、ストンと何かが肩に落ちてきた。
「…だから、無防備すぎでしょ…」
寄りかかってきた苗字先輩。
なんで、こういちいち人を刺激してくるのか。
先輩の顔にかかっている、自分とは違う黒髪をを掬うと小さく身動ぎをされた。
けど、動く気配はない。
掬った髪に唇を寄せると、甘い香りがした。
髪にキスした、なんてどこのキザやろうだ。
自嘲気味に笑って、唇を離したけれど「…んー…」と相変わらず無防備な先輩に思わず苦笑いしてしまう。
「先輩、僕の肩、高いんですよ?」
ニヤリと笑って携帯を構える。
カシャッと音をならしても、やっぱり名前せ先輩は起きなかった。
これくらい、許されるでしょ?
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