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52話 阿吽 が 来る


扇南との練習試合を無事終えた私は、いつものように岡先生のもとへ寄った。


『ありがとうございました!』


常連さんの1人であるこの近所に住むおじいちゃんを送り出すと、お客さんはいなくなってしまった。
もうすぐ閉店時間だし、今日はもう来ないかもな。

ベッドを綺麗になおしていると、ガラガラと店の引き戸が開いた。
どうやら、お客さんが来たみたいだ。
「いらっしゃい、久しぶりだね」と岡先生が声をかけているのを聞いて、先生の知り合いなのかと入ってきた人を見ると、


『お、及川さんに岩泉さん!?』

「「!?」」


青葉城西高校のエースとキャプテンさんがいらっしゃった。
ここ、男子バレー部に人気なのかな。


「なんで名前ちゃんが…!」

「おや、名前ちゃん、この二人とも知り合いなのかい?」

『いや、あはは…』


思わず笑って返すと、岡先生は不思議そうに首を傾げていた。


『あ、あの…お二人はどこか悪いんですか?』

「いや、俺は別に…クソ川の付き添いだよ。コイツ、練習のし過ぎだから、岡埜さんにマッサージしてもらおうと思ってな」


ああ、なるほど。
それを聞いて及川さんを見ると、気まずそうに目をそらされた。
自分でも、自覚はあるのだろう。


『それじゃあ及川さんが岡先生のマッサージ、ということで』

「そういや、お前は?なんでここに?」

『あ、それは…岡先生にマッサージを教えて貰ってるんです』

「マッサージを?」


はい、と頷くと「えらいな」と感心したように褒められてしまった。
なんだか照れる。


「…岩泉くん、君、ただ及川くんを待ってても暇だろう?」

「え?」

「どうだろう。彼女にマッサージをしてもらっては?」

『ちょっ!!お、岡先生!!』


二口くんに続いて、岩泉さんにまでそんな事を言うなんて!
「何言ってるんですか!」「いいじゃないか。御代はいらないよ」「岡先生!」「…俺は、いいっすけど…」「ええ!?」「ははっ、じゃあ頼むよ」「ええ!岩ちゃんズルい!」
もう、何がなんだか。
はぁっと息をはいている私に、岡先生は楽しそうに笑って肩を叩いてきた。諦めよう。

チラリと岩泉さんを見ると、申し訳なさそうな顔をしていた。
私の方こそごめんなさいだ。








『し、失礼します…』

「おう、頼むわ」


岡先生が及川さんをマッサージしている横のベッド岩泉さんに横になってもらった。
俯せになっている彼の背中に手を添えると、「岩ちゃんズルいいいい!」と岡先生のマッサージ中の及川さんが言っていた。なんで?


「…おー、そこそこ」

『ここ、ですねっ』


岩泉さんの言葉に更に指に力を込めると、岩泉さんは「上手いな」と褒めてくれた。
それに嬉しくなって頬を緩めていると岡先生の携帯の音がなった。
「先生、携帯鳴ってますよ?」「あー、後でかけ直すよ」「あ、別に気にしなくていきですよ。出てください」「…悪いね」
そんなやり取りのあと、岡先生は携帯をとって治療室から出ていった。

先生が出ていくと、俯せになっていた及川さんが起き上がった。


「先生も忙しそうだねー」

『…はい。…それなのに、私の指導までしてもらって…なんだか申し訳ないです』


眉を下げて笑うと、マッサージをしている岩泉さんが「そこは気にしなくていいだろう」と言った。


「岡埜さんだって嬉しいと思うぜ?誰かに教えられるってよ」

『そうでしょうか?』

「そうだろ」


顔は見えないけれど、きっと笑顔を浮かべてくらていると思う。
「ありがとうございます」と言うと、及川さんも嬉しそうに笑っていた。


「ていうか、名前ちゃんからマッサージしてもらえるなんて、烏野の連中は贅沢だなぁ」

『…皆の力に、少しでもなりたくて…覚えてみたんですけど…』

「スポーツする人間にとって体は資本だ。マッサージはありがたいと思うぞ」

「そうそう」


フォローなのかもしれない。
けど、励ましてくれる二人はとてもありがたい。
「ありがとうございます」ともう一度お礼を言うと、及川さんにポンポンと頭を撫でられた。


「けど、春高予選は、もちろん負けるつもりはないよ?」

『ふふ、はい。うちだって次はリベンジしますよ!だから、ドンドン強くなって下さいね』

「おいおい、仮にも敵チームにそんなこと言っていいのかよ?」

『いいんです。越える壁が高ければ高いほど、その壁を越える甲斐があるんです』


「でしょ?」と笑って及川さんを見ると、一瞬目を見開いた彼は、すぐに目を伏せた。
その表情は、どこか悲しげだった。


「…じゃあ、その越えたい壁を、どうしても越えられないときは?」

「おい、」

「何度越えようとしても、跳ね返されてしまったら?」


「及川っ!」岩泉さんが彼を咎めるような声をあげた。
及川さんは顔を下に向けていて、表情は見えない。
けど、悔しさに顔を歪めているのだと思った。


「…ごめん、今のは、その…」

『…越えなきゃいいんじゃないですか?』

「「…は?」」

『ですから、越えるのをやめちゃうんです』


なに言ってるんだ、コイツ。
そんな顔を向けてくる二人。
岩泉さんにいたっては寝ている状態から私を見上げているので、とてもキツそうな態勢だ。


「越えないって…諦めろってことかよ?」

『まさか』

「じゃあ…」

『例えば、新しい道具で壁を越えちゃうとか』

「…道具?」

『はい。あとは…壁の脆い部分を探してそこを壊すとか』


ポカーンとした顔をする二人。
あれ?何か変なことを言っただろうか?
目を見開いた二人に、マッサージの手をとめて首を傾げると、「ぷっ…はは、…はははははは!」と二人が爆笑した。なんで?


『あ、あの…』

「ふっ…くくく、そうか。道具ね」

「新しい武器、確かに。いい考えだよ」

『は、はあ…あの…私、変なことを言いましたか?』


ちょっと変な二人に恐る恐るそう尋ねると、及川さんが柔らかく目を細めて、首を横にふった。


「ううん……ありがとね、名前ちゃん」

『…え?』

「武器、ね。そうだよね。諦めるなんて、出来るわけないもんね」


「うんうん、」と何かに納得している及川さん。
戸惑って岩泉さんを見ると、何故か彼にも「ありがとな」とお礼を言われてしまった。
本当に、二人はどうしたのだろう?
いまだによく分からなくて、ちょっと不思議だけれど、二人が嬉しそうに笑っているものだから、まあ、いっかと小さく笑みを溢したのだった。

そこへ、岡先生が戻ってきた。
笑っている二人を見た先生が「いったいどんなツボを押したの?」と聞いてきたので、「…さぁ?」と肩を竦めておいた。

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