35話 国見 が 想う
少しだけ嘘をついた。
影山が苗字先輩のことを話すのを聞いたのは本当だ。でも、影山から彼女のことを聞いたっていうのは少し違う。俺が初めて彼女を見たのは多分影山よりも早い。
隣で自分のチームを応援するために真っ直ぐな視線をコートへ向ける彼女の姿は、中学のときに何度か見た姿だった。
「わっせらーっ!フヌン!!!」
『田中ナイスキー!!』
坊主の人がアタックを決めると苗字先輩が大きな声で叫んだ。楽しそうに応援する彼女を見て暇そうにベンチに座っていた及川さんが「名前ちゃんはいい子だなぁ」と笑った。
坊主の人とリベロの人が叫びすぎて審判に注意を受けていても先輩は、それでも楽しそうに笑っていた。そういえば、この人はどんなに辛い状況のときでも一人だけ笑っていたな、とぼんやりと思い出した。
もう止めたくなるような状況なのに笑ってチームメイトを励ましていたそんな彼女だから、影山も、そして俺も嵌まってしまったのだ。
『ナイッサー!!』
恥ずかしげもなく大きな声で応援する先輩。
良かった、と思ったのは多分あの日の彼女を見たからだろう。
彼女が、壊れてしまったときを。
あのとき、酷く自分の胸が傷んだ。
もうあの笑顔を見れないのか、と心臓のあたりが痛かった。
それが、今俺のとなりには彼女の笑顔がある。
『きたっ!!!』
烏野の10番が打った速攻が決まると瞳を輝かせた苗字先輩の隣にはさっきまで興味無さそうにしていた及川さんもいた。
嬉しそうに及川さんにバレーの話をする苗字先輩。及川さんも普段の意味ありげな笑みではない純粋に楽しげな笑顔を浮かべている。
及川さんも、俺と同じくちなのだろうか。
彼女に、嵌まってしまった一人なのだろうか。
「…国見?」
「え?」
「大丈夫か?なんかボンヤリしてっけど」
「あ、はい」
「ならいいけどよ」と眉を下げた岩泉さんも彼女と知り合いだった。どうしてこう、色々な人と知り合いなのだろうか。
多分、見つけたのは俺が一番早い。
まぁ、一方的なものだけれども。
「烏野の速攻はやっぱり要注意だな」
「はい、」
「上がってきたら面倒だな」と呟いた岩泉さんの言葉は右から左に流れていく。
ああ、ダメだな。
会ったのは今日が初めて、もちろん話したのもだ。
それなのにこんなにも彼女に惹かれているなんて、らしくない。
『見ました!?見ました!?うちのリベロ凄いでしょ!?』
「あー、まぁな」
『えへへへ、』
一目惚れなんて絶対ないと思ってた。
けど、体験してしまえばそんなこともぅ言えない。
多分、俺は初めて彼女の笑顔を見たあの体育館で、
「ちょっと国見ちゃん!ちゃんと観てる?」
「お前が言うな」
『国見くん!凄いでしょ!うちのチーム!!』
「…そうですね」
『でしょー!!』
この笑顔に“恋”をした。
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