31話 影山 と トス
インターハイまで残り3日。
気合い十分に田中と部活に向かおうとすると、先生が「田中ああああ!!!さっきの課題だせええええ!!」と叫んできて、田中逃亡失敗。
先生に引きずられながら手を伸ばしてくる田中に苦笑いしてから、更衣室で着替えて体育館へ行くと、まだ影山くんしかいなかった。
「あ、チワッす、」
『こんにちは、早いね影山くん』
「もう時間ないんで、」
どこか表情の硬い影山くんはそう言うと、準備を再開した。
多分彼も緊張しているのだろう、そういえば影山くんは中学のとき以来の公式戦だもんな。
思い出すのは、約一年前の“コート上の王様”と呼ばれた彼の試合。
なんとなく見に行ったその試合で、影山くんがコートを出る前にあげた最後の一球は誰にも届かなかった。
あのときの事を思うと、緊張するのも仕方がないとは思うけれど、このままほっとくのもよくない気がする。うーん、と頭を捻っていると「苗字先輩?」とボール籠を運ぶ影山くんが目に入って「あ、」と声をあげた。
『影山くん!』
「?はい?」
『トスしよう!!』
「…へ?」
影山くんの持ってきた籠の中からボールを1つ取りとって「いくよー!」と声をかけると、慌てたような声が返ってきた。
「え、ちょっ!まだ準備が…」
『いいからいいから、』
「ほら!」と言って持っていたボールを影山くんに向かってポーンと投げると、驚きながらも返してくれた。影山くんに返されたボールを自分もトスして返す
それを数回続けてから、声をだした。
『あのね、影山くん。私、影山くんの中学最後の試合見たんだ』
「え…」
表情を硬くした影山くん。
それでもなおトスは止めないでくれた。
『だから、どうって訳じゃないけど…。私がさ、前に言った言葉、覚えてる?』
「前に…?」
『うん。「影山くんのトス好きだ」って言ったでしょ?あれはね、中学のときの影山くんを知った上で言ったんだよ?』
「あ…」
ポンッた床に落ちたボールは影山くんがトスし損ねたもの。それを拾ってまた影山くんを見ると、少しだけ顔が赤くなっていた。
『前の君も今の君も全部影山くん自身だけどね、今の君はもう、前とは違う』
「でしょ?」と首を傾げると、影山くんは目を見開いてからどこか嬉しそうな顔して頷いた。
「…ありがとう、ございます、」
『いえいえ』
冗談っぽく返事をしてから、またボールを投げると、さっきよりも綺麗に弧を描いたトスが返ってきた。
『あ、そうそう影山くん、あのさ北川第一のバレー部に岩泉って人いた?』
「??岩泉さんですか?いましたよ?」
『やっぱり!!どうりで見たことあると思ったんだよね』
「なんかスッキリした」と笑うと影山くんは不思議そうに首を傾げた。トスしながらなのに、器用だなあ。
「なんで先輩が岩泉さんを?」
『この間ちょっとね。ヒーローまたいにカッコいい人だね!』
「「「はぁっ!?」」」
『え!?』
二度目のボールの落下と共に聞こえたのは叫び声、しかも複数の。
目の前には影山くんしかいなかったのに、と体育館の入り口を見ると固まっている田中とノヤ。その後ろには大地さんやスガさん、旭さんもいる。
『あれ?いつからそこに…?』
「おおおおおおれは断固反対だ!!て、敵の男にうつつを抜かすなんて絶対ダメだ!!」
『はい?』
訳の分からない事を言って詰め寄ってきた田中に首を傾げると、「こらこら」と大地さんが二回手を叩いた。
「その話は部活後にしなさい、それと影山に苗字、ボールを使うのはいいが…準備が終わってからな?」
『あ、すみません…』
「分かればよし、」
「準備するぞー」という大地さんの声にいつの間にか揃っていて動き出す部員たち。
一度影山くんを見ると、ちょうど目があったので苦笑いしてみせると、影山くんも同じような顔していた。
その日の練習後、他校がなんだとか、敵の男がなんだとかうるさい田中から逃げるようにして帰りながら、岩泉さんへのお礼を考えていた。
『あれ?てことは、及川さんと岩泉さんってチームメイトじゃん!』
「「はっくしょん!!」」(及川・岩泉)
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