14話 菅原 の 決意
5月3日
今日から音駒高校もこっちに来ている。
気合いを入れるぞ。
という大地さんの声で練習が始まって数時間。
そろそろお昼の時間だ。
「じょあ午前ラストサーブ!!」
「「「「アス!」」」」
思った通り次が午前中ラストメニューだった。
部員たちがサーブを打っているのを見ながらボールを拾っていると、あっという間に時間がだって午前練習の終わりを告げる大地さんの「昼ーっ!!!」という声に皆は体育館を出ようとする。
私もも出ようと、拾った最後のボールをカゴに入れたとき、コーチと武ちゃん先生の話し声が聞こえた。
「……セッターに…、…迷う…」
『っ、』
コーチの言葉に頭をよぎったのは二人の顔。
スガさんと影山くんだ。
コーチの話を聞いていると、影山くんの才能はやっぱり凄くて、それに加えてとことんストイックなことから、影山くんを使う可能性が高いみたいだ。
けれど、それでもコーチの言い方には、どこかスガさんの立場を気にするようなところがあった。
チラリとスガさんを見ると、笑顔で旭さんと話していた。
その姿がなんだか、無性に切なくなって、コーチたちの側からスッと離れたのだった。
お昼を食べるとすぐに始まった午後練もあっという間に終わってしまって、今あたし達は合宿所にいる。
ご飯の準備の前に渇いた喉を潤そうと、自販機に行くと、
『あ、』
「ん?ああ、苗字か、」
同じように飲み物を買おうとしていた烏養さんが先にいて、ペコリと一礼した。
「何飲むんだ?」
『え、…スポーツドリンクですけど…』
ガコンという音で出てきたのは有名メーカーのスポーツドリンク。
もちろん私は自販機に触れてすらいない。
「ほらよ」
『あ、ありがとうございます…』
渡されたペットボトルを受け取ってお礼を言うと、「おー、」と返してくれた先生は買ったコーヒーの缶を開けた。
そんな先生を見て私もペットボトルのふたを開けようとしたとき。
「烏養さん」
背後から聞こえてきたのは落ち着きのある柔らかな声。
『スガさん…?』
「あ、名前もいたんだね」
私の姿に気づいたスガさんはにっこり笑ってくれたけど、「何だ?」という烏養さんの言葉にすぐに真剣な表情になった。
席を外そうとすると、「名前もいてくれ、」というスガさんの言葉に驚きながらも動きをとめた。
「俺ら3年には“来年”が無いです」
『!』
スガさんの言葉にドキッとしたような顔をする烏養さん。多分私も同じような顔をしているのだろう。
「―だから、一つでも多く勝ちたいです。次に進む切符が欲しいです。それを取ることができるのが俺より影山なら、迷わず影山を選ぶできだと思います」
視界が歪んだ。
おかしい、泣きたいのは私じゃなくてスガさんのはずなのに。
グッと下唇を噛んで涙を堪えて二人を見つめると、スガさんはそのあとも真っ直ぐな瞳でコーチを言葉を続けていた。
「他の3年にも俺の考えは伝えてあります」
スガさんの思いに正直に驚いた顔をしていた烏養さんはゆっくりと口を開いた。
「…菅原、」
「?」
「俺はお前を甘く見てたみたいだ」
「??」
「正直今、お前にビビっている」
「はい!?」
スガさんの言葉に応えるように、コーチの真剣な声が響く。
「俺はまだ、指導者として未熟だが、お前らが勝ち進む為に俺にできることは全部やろう」
烏養さんの言葉にスガさんえ笑みをもらして「お願いします」と頭を下げた。
それに返事をした烏養さんは片手をあげるとその場を去っていった。
「…カッコ悪い所見せちゃったな」
『え…』
ふいに自分に向けられた言葉に目を見開くと、スガさんは眉を下げて笑っていた。
『か、カッコ悪くなんてないです!!むしろ、カッコいいです!!』
ブンブンと首を横に降って否定すると、スガさんは一瞬驚いたような顔をしたあと優しく微笑んだ。
『私…スガさんのトス、好きです。スパイカーを思いやる柔らかいスガさんのトスが好きです』
「っ、」
『だから、だから』
“頑張って下さい”
そう続くはずだった言葉は最後まで言うことはできなかった。
『え、あ、す、スガさん?』
「…悪い、少しこうさせてくれ」
ギュッと背中に回された腕に力が入った。悔しそうなその声に小さく頷くと、スガさんはさらに言葉を続けた。
「…がんばるよ、おれ」
『…はい、』
「…影山にも負けない、だから、」
「見ててくれ」そそう言ったスガさんに今度は大きく頷くと、スガさんの肩に入っていた力がスッと抜けたような気がした。
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