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6話 田中 が 可哀想


『別に平気なのに』

「なんか言ったか?」

『なんでもー』


休み時間、先生に頼まれて職員室から教材を運ぶことになった。呼ばれたのは私1人のはずだったのだけれど、田中が一緒に行くと言って聞かなかったので、仕方なくお願いした。


「お前も一応女なんだから、こーゆーのは男に任せろって!」

『…一応、ね…まあ、ありがとう』


思わずツッコミたくなるような一言があったけど、手伝ってもらってる手前素直にお礼を言うと「良いってことよ!!」と田中は嬉しそうに笑って大股で廊下を進み始めた。

そんなに嬉しかったのか。もしあたしじゃなくて潔子さんだったら、田中は失神してたかもな。そんなことを考えながら田中を追いかけると、あっという間に教室についた。


『ねえ、田中』

「ん?」

『潔子さんにもさ、こんな風にすれば少しは好感度が上がるんじゃない?』

「な、ほ、本当か!?」


グワッと目を見開いた田中を笑いながら、教卓に教材をおく。


『うん、まぁ、両想いは無理でも…いい後輩ポジションはゲットできるよ』


「がんばれ、」と笑うとさっきとはうって変わってポカーンとした顔をした田中。
何をそんなに驚いているのか分からなくて「田中?」と呼び掛けると、田中は恐る恐ると、言ったように口を開いた。


「…名前さん、今なんて言いました?」

『え?両想いは無理って言ったけど…』

「…僕は別に潔子さんと両想いになりたいなんて思ったことはありません」

『え!?そうなの!?』


覚りを開いたような顔の田中に驚いていると、周りにいたクラスメイト達が笑いながら近づいてきた。


「いや、苗字、お前案外鈍いんだな」

『え?』

「田中の好きな奴なんてすぐ分かるぜ?」

『え、うそ』

「まぁ、こいつにしてみたらお前はわかんねぇ方が良いのかもな」


ぼそりと呟いた田中の友達。
でもそのあとすぐに田中が慌てて彼の口を塞いだので、なんて言ったのか分からなかった。


『そっかー、田中って潔子さんのこと好きなんじゃないのかー』


「じゃあ誰?」と田中に首を傾げると、田中は言葉を詰まらせた。


「…誰が言うか!!」

『ええー』


「けち、」と言って田中を見ると真っ赤に染まった顔の田中に軽くデコピンされた。
地味に痛くて額を擦ると、「あ、わ、わり!」と謝られたので怒るに怒れなくなった。


『…ふふ』

「…なんだよ?」

『いや、なんかね、田中ならきっと相手がどんな子でも相手の子は幸せそうだなーって』

「はぁ!?」


大きく声をあげた田中。
その様子をクラスメイト達はなんだか微笑ましいものを見るようにこちらを見ていた。


『だって、田中いい奴だもん。案外優しいし、気もきくし』

「な、な、な、!」

『だから、頑張って好きな子も振り向かせられるといいね』


「ファイト!」と歯を見せて笑うと、口を大きく開けた田中は固まったまま微動だにしない。
すると、ちょうどそのとき廊下から名前を呼ばれたので、そちらへ行くことにした。


「田中、苗字ってとことん罪作りだな」

「…」

「あ、ダメだ
こいつ固まってやがる」

「こんなに分かりやすいのにねー
なんで名前は気づかないかなー?」

「まぁ、それがいんだろ」


なんて会話があったのはもちろん聞こえなかった。

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