見付けるまでは(ドレミで8のお題)

 

手首についた、真新しい傷。
自分でつけた、真新しい傷。
まだ赤が滲む傷を見て、貴方はただ、一言。

「アホ」

そう言って、私の手首に包帯を巻いていった。



「……」

「悪ィな山崎、こんな遅くに」

「…大丈夫です、こんな手当て、すぐに出来ますので」


私は原田さんの肩を抱かれたまま、山崎さんに白い手首を差し出す。
山崎さんはテキパキと私の腕を治療していった。くるくると巻かれる包帯が、腕の傷をなかった事にしていく。


(If it is a lie though it is wonderful...)
―もしソレが嘘なら、素敵なのに…―


白を見ながら心中で呟くと、私は原田さんの肩に頭を預けた。


「…ごめん、なさい、原田さん……」

「ん、謝んな。なまえが気にするこたァねえよ」



気にする事ない。
そう言って、貴方は笑う。

私が自傷行為をすると、必ずそう言うんだ。そして私を抱きしめる。

そのきつい抱擁の瞬間が嬉しくて、私はまた手首に刃を入れる。


その、繰り返しだ。

最初は自分がクォーターである事への苛立ちから傷を付けたのだけど、今では理由が変わってきてしまっている。

多分原田さんは、自分の優しさが私のコレに繋がっているという事に気付いていない。
出来るなら、気付いてほしくないというのが本音だ。
知ったらきっと、原田さんは慰めた事を悔やむだろうから。




「原田さん、少し席外してもらえますか?」

包帯を巻き終えた山崎さんが、不意にそう言った。原田さんは何も疑わずに、私を置いて部屋に戻っていく。

待って。そう言いたかったけれど、山崎さんの視線が痛くて、私は押し黙るしかなかった。



「何で、こないな事すんねん…」

差し出したままだった左手をぐっと握り、山崎さんは小さく呟いた。
うまく聞き取れなかった私は、少し俯いた山崎さんの顔を覗く。すると山崎さんは「アホや」と繰り返した。


『アホ』という言葉が山崎さんの口癖になりそうだとか、それこそ阿呆な事を考え、私は山崎さんの手を撫でる。


「えぇと…夜遅くにごめんなさい、山崎さん」

「そんな事気にしてへん、何で『切る』のかを訊いてんねん」

「え、えと、何故って」


理由なんか、ただひとつしかない。

(原田さんが、心配してくれるから…)

そう、ただそれだけ。私が自分を傷付けるのは、それが私の救いだから。

けど、その理由を山崎さんに話したら、きっと彼は怒るだろう。


「えぇと……」

何か良い逃げ道はないものかと、私はどもる。
けれど、山崎さんの目で見詰められれば見詰められる程、私の心はどんどん早くなり、良いアイデアなんか空に溶けてしまう。


「……なまえ」


「…ッあ…」

考え込んでいた私の腕を離し、山崎さんは名を呼んだ。そして代わりのように、ぎゅっと身体を抱きしめる。

前にいる山崎さんの胸にダイブする形で抱きしめられた私は、黙ったまま開放を待つしか出来なかった。
そもそも、文句なんか言ったら、また「アホ」と怒られそうなのだけれど。



(……あたたかい…)

静かな部屋の中、自分の鼓動と山崎さんの鼓動の微妙なハーモニーが耳に響く。
その状況が、とても心地よい。



「なまえ…、死んだらあかんよ……」


不意にそう聞こえた。
顔を見ようと頭を起こすと、それを止めるかのように腕の力が強くなる。

私は胸に顔を埋めたまま声に耳を傾けた。


「確かに、死んだらそれで終わりや…けど残された方は…まだ終わらへんねん。そんなん、ツライやんか…」

「…つら、い…?」

「なまえに会えなくなるなんて、考えられへん」

「……悲しい、から?」

「…ったりまえやろ……」


なんでこんなに素直なんだろう。
抱きしめられた状態で、私はそんな事を考えた。

山崎さんが、こんなに自分の心を話すなんて珍しい。いつもはポーカーフェイスで淡々としているのに。


「……sorry.」

山崎さんの心をここまで掻き乱してしまったのは、私が弱いから…なんだろう、きっと。


「I'm sorry. But, please don't worry.」


心配しないで。
英語で言ったら、解らないのだろうけど、わたしはそう呟いた。


けれど山崎さんは、私を抱きしめたまま頷いてくれた。
なんて優しいんだろう。



あなたはきっと、私を生かす術を解っているんだろう。
原田さんとは違う私の慰め方を、解っているんだろう。

なんて優しい。それでいて、なんて儚い。

(They are too gentle.)
―みんな優し過ぎる…―

私は山崎さんの胸の音を聞きながら、目を閉じた。


トクトクと連なるハートのリズムを、私も胸に刻もう。
いつかきっと、それが答えのヒントになるから。


(Until finding it...)
―それを見つけるまで…―


そう、私が此処で生きていく答えを見付けるまでは。

腕の傷は痛むけれど、いつかそれを全て過ちだと笑えるように。繰り返してはならないと悔やめるように。



見付けるまでは


愛してほしいとか、そういうんじゃなくて。
ただ、そこに居る意味を与えてほしい。

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