キスペット。 12 「…ハル、なんだか前より、色っぽい顔をするようになったわね」 くすと笑って、3回目の利用客が言う。 「そう?」 「ええ。すごく誘われる、えっちな顔。襲って食べちゃいたいくらい」 「…それ、単にユミさんが欲求不満なんじゃないの」 海晴が肩を竦めて笑って見せたら、女は妖艶な笑みのまま海晴の髪を撫でた。 「お生憎様。あたし、新しい彼氏が出来たのよ」 「へぇ。おめでとうございます」 「ありがと。元々ハルとは今日でおしまいだったし、良かったわ。笑ってあなたと別れられるから」 ちゅっ、と軽いキス。当然のように女はもう、泣いていない。 「ほんと、ありがとう、ハル。あなたは馬鹿みたいって思ってるかもしれないけど、あたしはこうして気持ちを整理する時間をもらえて良かったって思ってるのよ」 「…」 思いがけない言葉に、海晴は思わず目を見開いた。女は嬉しそうに今度は海晴の頬を撫でる。 「あなたを買ったあたしが言うのもなんだけど。幸せになってね、ハル」 幸福を祈ってもらったことなんて、これまであっただろうか。 幸せになる。それが自分にとってどういうことを指すのか、海晴には判らない。今、自分は不幸なのだろうか? …判らない。 口を濯ぎながらぼんやり考えていたら、また叔父からの連絡が入った。 「…ねぇ叔父さん。気持ちいいって、幸せ?」 3度目の予約が、出来なかった。 その『チケット』を使ってしまったら、もう彼は二度と会ってくれなくなる。 判っている。あれほどまでに『壊れて』いる人間だ。例え知己が呼ばなかったとしても全く意に介すこともなく、他の人間にくちづけるのだろう。 誰かの舌を吸って、誰かの唾液にあの柔らかな唇を濡らすのだろう。 「…」 ため息が出た。 欲求不満だろうか。気付くと勤務中だというにも関わらずパトロールと称して、ハッテン場として有名な公園の暗がりへと来てしまっていた。 そして見付けてしまった光景に──息を呑む間もなく、声を張り上げていた。 「おい!」 金を渡そうとしていた男は知己の制服を見て青褪め、転がるように逃げていく。 受け取ろうとしていた男は、ゆるり振り向き、目を丸くした。 「知己さん」 「…っハル君…! なにをしてるんだ…!」 [*前] | [次#] 『雑多状況』目次へ / 品書へ |