キスペット。

02



 キスペット。

 金をもらい見ず知らずの他人に求められてキスをする、アンダーグラウンドのアルバイト。
 叔父が始めたその仕事の、ペット第1号が海晴であり──今は6人に増えたペット達。
 毛色はそれぞれ、働き始めた経路もそれぞれ。
 それでも全員、共通するところ。
 それはとても、致命的な欠陥。


 『興味の欠如』。


 他人に対しても、自分に対しても。
 そんな欠陥を持つ人間でなければ、このような仕事をしようとは、ましてや続けられるなど、考えられないのだろう。

 いつしか記憶すら大きく欠けて思い出せない程度には、海晴も自らと他者の関わりなど興味がなかった。
 このアルバイトを始めた経緯すら、もはや覚えていない。

***


「宅配です。商品名は『KP』」
『…どうぞ』

 そして訪れたマンションのインターホンで、あらかじめ伝えておいた符牒を告げる。
 どこに住んでいようと誰であろうと、関係ない。
 金は既にもらっている。名前は早川知己、住所も間違いなかった。時間は最大延長、宅配の良客。
 海晴に必要なのは、それだけだった。



 ドアを開けたのは、長身でなかなかの好青年だった。もらったプロフィールでは35歳。21歳になったばかりの海晴とは佇まいの落ち着きからして違う。
 まじまじと見下ろしてくる視線には、慣れたものだ。
 というより、当然だろう。今からキスする相手なのだから。

「初めまして、俺はキスペットのハル。早川知己さんで間違いないですね?」
「あ、あぁ」
「契約内容はこちら。領収書不要で良かったですよね?」
「ああ」

 玄関先で書類を手渡し、どこか落ち着かない様子の相手を見上げる。
 シャツにカーディガン、アイロンのきちんと当たったスラックス。
 一方こちらは、宅配便を装うための青色のツナギ。

「早川さん? 知己サンって呼んだ方が良いですか?」
「ぁ、え、と」
「俺、なんか着替えた方が良いですか? 貸してくれるなら、着ますけど」

 例えば、別れた彼氏の代わり。例えば、理想の旦那。
 そんな理由でツナギを嫌がる女は多いから、用意さえするならそれくらいのサービスはする。
 そんな気持ちで告げた海晴に、けれど相手は動揺を隠さない。

「っと、とりあえず、上がって」
「はぁ」

 促されるままリビングへ向かい、ソファへ座らされる。斜向かいに座った相手──知己は、いや、とかうん、とかひとりで呟いて頭を振ってから、ふぅとひとつ息をついた。

「…うん、格好はそのままで、いい。呼び方も、君の好きにしてくれて構わない。…ただ、…させてくれたらいいから」

(ふぅん)

 随分と奥ゆかしい。『キス』の言葉すら声に出すのも恥ずかしいのだろうか。

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