キスペット。 02 キスペット。 金をもらい見ず知らずの他人に求められてキスをする、アンダーグラウンドのアルバイト。 叔父が始めたその仕事の、ペット第1号が海晴であり──今は6人に増えたペット達。 毛色はそれぞれ、働き始めた経路もそれぞれ。 それでも全員、共通するところ。 それはとても、致命的な欠陥。 『興味の欠如』。 他人に対しても、自分に対しても。 そんな欠陥を持つ人間でなければ、このような仕事をしようとは、ましてや続けられるなど、考えられないのだろう。 いつしか記憶すら大きく欠けて思い出せない程度には、海晴も自らと他者の関わりなど興味がなかった。 このアルバイトを始めた経緯すら、もはや覚えていない。 「宅配です。商品名は『KP』」 『…どうぞ』 そして訪れたマンションのインターホンで、あらかじめ伝えておいた符牒を告げる。 どこに住んでいようと誰であろうと、関係ない。 金は既にもらっている。名前は早川知己、住所も間違いなかった。時間は最大延長、宅配の良客。 海晴に必要なのは、それだけだった。 ドアを開けたのは、長身でなかなかの好青年だった。もらったプロフィールでは35歳。21歳になったばかりの海晴とは佇まいの落ち着きからして違う。 まじまじと見下ろしてくる視線には、慣れたものだ。 というより、当然だろう。今からキスする相手なのだから。 「初めまして、俺はキスペットのハル。早川知己さんで間違いないですね?」 「あ、あぁ」 「契約内容はこちら。領収書不要で良かったですよね?」 「ああ」 玄関先で書類を手渡し、どこか落ち着かない様子の相手を見上げる。 シャツにカーディガン、アイロンのきちんと当たったスラックス。 一方こちらは、宅配便を装うための青色のツナギ。 「早川さん? 知己サンって呼んだ方が良いですか?」 「ぁ、え、と」 「俺、なんか着替えた方が良いですか? 貸してくれるなら、着ますけど」 例えば、別れた彼氏の代わり。例えば、理想の旦那。 そんな理由でツナギを嫌がる女は多いから、用意さえするならそれくらいのサービスはする。 そんな気持ちで告げた海晴に、けれど相手は動揺を隠さない。 「っと、とりあえず、上がって」 「はぁ」 促されるままリビングへ向かい、ソファへ座らされる。斜向かいに座った相手──知己は、いや、とかうん、とかひとりで呟いて頭を振ってから、ふぅとひとつ息をついた。 「…うん、格好はそのままで、いい。呼び方も、君の好きにしてくれて構わない。…ただ、…させてくれたらいいから」 (ふぅん) 随分と奥ゆかしい。『キス』の言葉すら声に出すのも恥ずかしいのだろうか。 [*前] | [次#] 『雑多状況』目次へ / 品書へ |