キスペット。

01



 お電話ありがとうございます、『キスペット』でございます。
 ──はい。ご利用ありがとうございます。
 では、コースをお選び下さい。──はい、じゃあBコースで。
 出張でしょうか、宅配でしょうか。──宅配ですね。
 ご希望のペットはございますか?
 ──はい、畏まりました。『ハル』で、よろしいですね。……。
 ……。

***


「ん…ふ、ぅ…」

 長い髪を掻き混ぜるように掻き抱いて、深く深く、キスをする。
 女は、泣いているようだ。
 長いキスを終えて身を放す。この女に呼ばれるのは、これで2回目。
 涙を拭って見上げてくる女。料金は事前振込み式だから、今日はこれで完全終了。

「じゃあ、俺はこれで」
「…また、呼んでもいい? …──ハル」

 呼ばれた『ハル』こと海晴は、薄く笑って見せる。

「構いませんよ。ありがとうございます。…ただし、同じキスペットの指定は3回までになってるんで、ご注意ください」

 最高でも3回までのお付き合い。
 宅配だから料金上乗せ、時間も最高まで引き延ばしてくれているので良い顧客ではあるけれど、のめり込まれるのは勘弁だ。

 あくまでキスペット。
 それ以上も以下もない。

「おやすみなさい、ユミさん」

 告げて閉じた扉の向こうは、彼には既に、どうでもいいことだ。




 駅のトイレで口をゆすいでいるとき、携帯が鳴った。
 袖口で口許を拭って、画面を操作し耳に当てる。

「はーい」
『暢気な声しやがって。終ってんなら報告しろっつってんだろ。毎回俺がどんだけ時計とにらめっこしてると思ってんだよ』
「だってまずなによりも口洗いたいんだもん。仕方ないっしょ、叔父さん」
『オジさん言うな、チーフと呼べ』

 へいへい、と適当に応じながら、海晴は鳶色に染めた髪をくしゃりとやる。少し伸びてきたのを鏡で確認して、トイレを後にする。

『ところでな、海晴。ひとつ確認なんだが、お前、男はどうだ?』
「なにどういうこと?」
『断ったんだけどな。初めての男の客。お前指名なんだが。倍払ってもいいから、って。一応、確認しとこうと思って』
「キモそうな感じだった? はぁはぁ言ってる感じだったら無理」
『普通に礼儀正しい男性、って感じだったが』
「ふーん…。倍払ってもらったら俺にも倍給料入んの?」
『2倍はさすがに差別的過ぎるからなぁ。まあゲイを否定してるわけじゃなく、女性限定、としてるところを圧してるから、ってことで、1.5倍くらいになるだろうが』
「俺にはその差、イマイチ判んねーけど。…んー。ま、いいよ。キスだけだし」
『判った、OKで返事しておくぞ。まっすぐ帰って来いよ』

 ぷつ、と話が終って通信が切れる。海晴はディスプレイを袖で拭って、それからポケットに押し込んだ。

 男とキス。
 考えたこともなかったけど。

(…タバコ臭いのだけは、勘弁だなぁ)

 ぼんやり考えて、帰路を行く。

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