アクマナサカナ

02


 ワイヤーを巻き上げる機械がみしみしと悲鳴を上げて、いつもと違うその様子に氷晴はどきりとした。

──まさか。
 こんな、日に限って。

 ゆっくりと甲板に引き上げられた壷を覗いて、叔父が息を呑むのが判った。
 『あれ』を知らない父親だけが、歓声を上げる。

「おい氷晴! すごいぞ、王を捕まえたみたいだ! お前も見てみろ!」
「う、うん…」

 促されて覗き込む。薄暗い壷の中の闇にうずくまるのは、巨大な蛸だった。
 これが、3年前の王なのかは、氷晴には判らない。
 だが確かに、躯の奥に再び疼き出すものがあった。

 そのとき、ぐら、と船が揺れた。

「おっ、といかん。おい、舵んとこに戻るぞ」

 父は叔父に声を掛け、叔父は何か言いたげにちらりと氷晴を見た。

「え、いや、だが」
「氷晴なら大丈夫だ。ヘマして逃がしたりなんかせんさ。もう19だからな。なあ?」
「う、うん」
「そういうことだ。お前は俺に付き合えよ」

 強引な父に、叔父は引きずられていく。追い掛けようかとも思ったが、氷晴の脚はぴくりとも動いてくれなかった。
 王も、壷の中でぴくりとも動かない。

「ヒバ、お前も──」

 必死に声を張り上げてくれた叔父に、氷晴は笑って「いいよ」断った。

 日頃の氷晴は誘われたからと言ってわざわざ父と叔父のいる場所へ寄りたい質ではなかったし、あのときとは違って海で仕事をして、腕力も付いた。
 もう自分の身は、いくら王と言えども蛸一匹からくらい、護ってみせる。

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