淫妖奇譚 02 「あやさん?」 娘の名を呼ぶと、衝立の向こうからしわ嗄れた声が返った。 「…何者」 「おや。ええと、あなたがあやさんに取り憑いてる方かな?」 名は力を持つ。穏便な解決のためには、立場は対等から始めるべきだ。 「いかにも。何者だ」 衝立越しで姿は見えないが、凄まじい圧を感じる。 「あやさんからあなたに退いて欲しいと頼みに来たものでね」 言うと、犬神は衝立の向こうで大きく笑った。びりびりと空気が震える。 ――こりゃ力のある妖だな…。 ややうんざりしながら、双葉は思う。 「私はこの娘の血筋に、この呪いを掛けられた。私からも呪いを掛けるが故にこの血は富んだ。その契約を何故破る必要がある」 「うーん、俺としてもそれは道理だと思う、と言いたいとこだがね。その血筋に生まれてしまっただけのあやさんには、なんの罪もないでしょ?」 ゆっくりと障子を閉め、逃げられないように札を貼る。 血にこだわりを失くした血筋憑きが、他の対象を探すことのないように。 双葉は元々、妖を殺めるつもりも消すつもりもない。ただ邪気だけを祓い、放つ。 ひとが居て、妖が居て、そして世は廻る。 少なくとも双葉はそう考えていた。 沈黙が落ちた。 衝立の向こうで、するりと衣擦れの音。 [*前] | [次#] 『幻想世界』目次へ / 品書へ |