淫妖奇譚 01 時は平安、処は京。 双葉は案内された道を辿りながら、隣の怯えた眼をした男を一瞥した。そして息を吐く。 得意先とは言え、これが尊い身分とされる人間かと思うと嘆きたくもなる。 双葉は狩衣に袴姿、烏帽子はない。髪を結い上げることもなく、ただ首の後ろでひとつに結っている。 「…本当に大丈夫なんだろうな」 双葉の姿を値踏みするように見て、今宵の依頼主が言う。 双葉はただ肩をすくめた。 「さて。それはそちらが出し渋れば保証しませんが」 「くっ、足許を見おって。ちゃんと祓うなら、渡した前金の倍は払ってやる」 「そりゃありがたい」 飄々と応じて、示された離れまで双葉は歩いて向かった。 依頼主は待たせておく。素人が現場にいると、色々厄介だ。 双葉の仕事は、秘密裏に妖絡みの揉め事を処理すること。職の名は一応陰陽師になるが、お上直属の組織には入っていない。だからこそ来る依頼もあるし、だからこそのこの恰好だ。 今宵の相手は犬神憑きだという。依頼主の娘だ。 娘が呪術を施したとは思えないから、先祖返りだろう。 「可哀相になぁ」 娘が、ではない。 犬神が、だ。 凄惨な方法で富を呼ぶために生み出され、害を成した途端に祓われる。 「ま、こっちも仕事だ」 ひとりごちて、双葉は障子を開けた。堂々と部屋に入る。 [*前] | [次#] 『幻想世界』目次へ / 品書へ |