君が判りません・前篇

02



「あ、…はい…」

 出来ればこのまま忘れてしまいたかったが、そうもいかない。

 別れを告げて、教室へ向かおうとした俺の背に、「先生!」声が掛かった。
 振り向くと、廣瀬が子供みたいな顔で笑う。

「今度、一緒に飲みに行きませんか?」
「、はい、是非!」

 唐突な誘いに一瞬戸惑ったが、交流が広まるのは嬉しい。大きく肯くと、廣瀬も嬉しそうに笑った。
 元々、ひとと居るのは好きなのだ、俺は。

 でも。
 だからって。

「ッ!」

 階段の踊り場を折り返したとき、そこにいた、教室で待っているはずの後藤の姿に、俺は思わず息を飲んだ。

――後藤の執着は、俺には重すぎる…。

 後藤はにこりともせず、「遅かったから」と一言告げた。

「わ、悪い…」

 果たして俺は謝らなければならない状況なのかとは思いつつ、一応謝罪の言葉を口にする。
 ところが後藤は、額を押さえてわざとらしく、はあ、と盛大な溜め息をついた。

 そして。

「…いいですよ、今日は」
「へ?」
「今日は――何も、しません」

 至極一方的に言って、後藤は肩を翻した。

 その後姿を見送って、ようやく今朝は何をされることもなく済んだらしいと気付いて、俺は愚かにも、嬉々として教員室へ帰ってしまった。




 おかしい、と思ったのは、放課後に入って10分が経過したときだった。
 昼休みの呼び出しもなかったし、放課後にもない。こんなことは今まで、一度もなかった。

――若いといえども、さすがに枯れたか?

 なんて莫迦なことを考え、俺も当然、後藤に連絡なんてしなかった。

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