in 【化学室】

イントロダクション 2


 
「ごちそうさまです、美味しかったです。えっと、今日はなにかを贈り合う日でしたか?」

 真尋がおずおずと訊ねると、校長は「いいえ」と首を振った。
 ではなんの日だろうと訝った真尋に、彼はにこにこと応じる。

「今日はただの記念日です。私にとって、そして、私の大切なひとにとって」
「そうなんですか。おめでとうございます」
「ありがとう。だから、幸せのお裾分けというわけですよ」

 校長はそう言って満足気に更に目を細め、くるりと踵を返した。
 真尋は慌てて声を掛ける。

「あ、ありがとうございます。えっと、ハッピー…、」
「【クロッカス。・デイ】。…黒川先生も、楽しくなれますように」

 背中を完全に見送ってから、真尋は準備の途中だった実験器具を再び並べ始める。
 それから次に化学室へ入ってきた相手に、片手を上げて見せた。

「ああ、」


***


「校長、どちらへ?」
「うん。この良き日にたくさん可愛がってもらえる幸せな子達に、先駆けてプレゼントを」
「ああ、今日でしたか」
「そう。たっぷり楽しめるようにね。やっぱりせっかくのフィニッシュに、順番の問題で『出ない』ってのは興ざめだろう? ついでに、大切なトコロで感じられるように、ちょっとね」
「相変わらずド鬼畜のド変態ですね」
「今更だ」

 教頭との会話を薄笑いの内に終らせて、校長は彼らに向けてそっと呟く。


「では、3月20日を楽しんで下さい」



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