in 【化学室】

仲間 和正の場合 1



 
「あ、やば」


 午後の授業で、化学室に授業プリントのファイルを忘れてきたようだ。

 化学室。
 あのひとがいる。

 少しだけ、なんだか弾むような心の意味も判らないまま、和正は183cmの長身をそこへと向けた。

 長身を活かしてバレー部で活躍する和正とあのひと――黒川真尋との接点は、同じ体育館で部活を行う卓球部の顧問として見かける程度。あとは授業を受けるだけの、本当に教師と生徒の関係。

 なのに、気になる。

 誰にでも人気のある先生だから、和正もただ気に入っている、それだけなのかもしれないが、そうと何故か言いきれないような気持ちもあって、なかなか複雑だ。

「失礼しまーす」
「ッ!?」

 ガラガラと音を立てて化学室の扉を開くと、ぼんやりとスツールに座っていた真尋が、飛び上がらんばかりの勢いで驚いた。


「…黒川、さん?」

「っあ、いや、…すまない、仲間か。どうした?」


 明らかに慌てふためいた様子を繕おうとする真尋。その顔色は、心なしか悪い。

「や、俺は、忘れ物取りに来ただけですけど…黒川さんは、なにかあったんですか? その、なんか、思いつめてるっていうか」

「っ、…いや、大丈夫、だ。ありがとう。…なんか色々、信じられなくて…かなり自己嫌悪してる、だけで」


 自己嫌悪。


 真尋にはなんとなく似合わないような言葉だったが、自己嫌悪では慰める言葉もあまりない。なにを言っても、本人が納得しないことにはどうしようもないし、和正自身、沈んだ誰かを納得させられるような素晴らしい話術は持ち合わせていない。

 大人びた表情をしている所為で、内面まで大人びて見られることが多いが、言ってもまだ17歳、和正とて子供だ。


「っあの、…その、元気、出して下さいね」



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