絡まる糸

04


 
「お先、失礼します」
「うん…?」

 少し訝った様子の伊織から逃げるようにホールを出る。廊下を少し行ったところで、「遊糸ぃ」後ろから声が掛かって、振り返る。調理場へ続くのれんを上げた伊織が、に、と笑う。

「明日さぁ、自分、ラストやんな?」
「は、はい」
「そんで、土曜、オープンやんな?」
「はい」

 明日は金曜日だから、ラストまで入れても学業には支障はない。その分、少しでも家から離れていられるようにと、基本的に休日は全てオープンラストで入れてもらっている。
 オープンと言っても居酒屋のこと、ホール接客要員の遊糸は、午後の4時まで時間があるのだが。
 少し気の滅入った遊糸に構わず、伊織は「そしたらさぁ」と続けた。

「おれも土曜オープンやから、ラストの後おれんち来いや。おれのラージャン狩りに付き合え」
「…先輩、まだひとりでラージャン倒せないんですか」
「うっさいわ。来るんか来ぉへんのかどっちや」
「行きます。行かせて下さい」

 ふと気付くと、いつの間にか、笑っていた。
 自然に。

「…」

 それに気付いてちょっと呆然とした遊糸に、ひらり、掌が振られる。

「そしたら待ってるからな。上がったら連絡くれ」
「──判りました。お疲れさまです!」

 ああ、やっぱり、彼といると気持ちが洗われる。
 笑っていられる。忘れていられる。
 絶対に失いたくない場所だ。
 遊糸は唇を引き結び、のれんの向こうに消えた伊織の影を視線で追った。



──絶対に、巻き込まない。



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