絡まる糸

03


 がらりと扉を開けて入ってきた、長身痩躯で眼鏡の、冴えない容貌の教師。眼鏡を取れば顔はそれほど悪くはないのだけれど、物腰というか、雰囲気というかが、パッとしない。
 それでも、恭介は太陽が昇ったみたいな笑顔になって振り向き、ナイフもパレットも放り出して、美術教師である彼──塩谷 涼平の胸に飛び込んだ。

「涼平!」
「こら、学校ではくっつくな」
「いーじゃん誰も来ねーし」
「あ、あの。じゃあ僕、帰りますね…っ」

 猫のようにじゃれつく親友を見ているのが恥ずかしくなって、ぺこりと頭を再び下げると、美術室を後にする。
 教室を出る直前に、少しだけ振り返る。

 恭介を救い出したのは、あの教師なのだという。

 もちろん、男でなくていい。
 だが、霙にもそうした支えになる存在がいたらいいのにと、どうしようもなくお節介に過ぎないことを思い、隼人はそっと首を振った。

***


「お疲れぇー」

 ぽん、と肩を叩かれて、遊糸は我に返る。

「──あ。お、お疲れ様です」

 へらりと笑うのは、宝条 伊織。遊糸の敬愛する居酒屋アルバイトの先輩だ。美術系の大学の2年生だと言っていたはずだ。
 少し癖のある銀色の髪が、甚平のような制服に妙に似合う。

「どないしたん。上がりやのに元気ないやん」

 独特のイントネーションも、遊糸にとっては既に馴染みだ。彼はいつも笑っていて、だからなのか、彼といると自然と笑えるはずなのに。
 今日は──今日からは、仕事が終ることが、苦痛で仕方ない。
 何故なら家には、あいつがいる。

「先輩、」
「んー?」

 声を掛けかけて、「…いえ。お疲れ様でした」やめた。逃げれば、また誰かが毒牙にかかる。
 次は海か。それとも晶か。もしくは──この伊織とて、例外とは言えないのだ。

──伊織先輩が、あんな、目に…?

 ぞっと背筋に冷たいものが走った。

 巻き込めない。
 あんな異常に、巻き込むわけにはいかない。

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