長い夜の始まり

03


 遊糸が家を出て行く前から、六花のことを彼はまともに見たことはない。
 いつも避けるようにして、冷めた眼ですれ違いざまに一瞥をくれるくらいだ。その眼が、今はうるうると涙に潤み、快楽に蕩けている。

 たまらない。

「兄さん、僕を見て。僕も見ててあげる。兄さんと父さんがセックスするとこ。父さんのちんちんが、兄さんのおしりにずっぷり入るところ、僕が見ててあげるから」

 ずる、と父が遊糸の蕾から動いたままのバイブを引き抜く。

「ひゃ、ぁう…ッ!」

 白い背中がしなる。見開かれた目に、突然六花の姿が映ったらしい。不意に遊糸の顔が「りっ…!」引きつった。
 その表情に、ぞくぞくした。

 目尻に盛り上がる涙を指に掬って、六花は満足気な笑みを浮かべた。

「ただいま、兄さん。ぶっ飛ぶくらい気持ち良かった?」

 ねぇ兄さん。
 あなたの行為は、酷い裏切りだったんだよ。
 あなたは父さんから逃げた。父さんの性癖に気付いてなお、逃げた。
 僕を、置いて。
 僕が襲われる可能性には、思い至らなかったの?


──まぁ、実際はそんな段階、とっくに過ぎてる関係だから、別にいいんだけどね。


「ゃ…っ、ぁ、み、るな…っ、みる、な…ぁ…ッ」

 ふるりと揺れる茶金色の髪。恐慌をきたした表情を、可愛いと思う。

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