朝に透かす



夜の街を、日輪刀を手に駆ける。
鬼は二匹。うち一匹は分身するため実質3体が相手だった。
二匹を追うも、分身に阻まれる。
迫る爪を日輪刀で防いだ。すかさず、同行した隊士が鬼の腕を落とした。
鬼はぎゃっと鳴くと大きく飛び上がり、連なる屋根の上を走る。

「おい!今のはお前が首を斬れただろうが!!」

「…っすみません!!」

既に走り出した隊士を追う。
言われてみれば、斬れたかもしれない。
いやあんな一瞬無理でしょ。でも先輩の隊士が言うんだから間違いないのかも。
ごめんなさい。役立たずでごめんなさい。
ズズ、と嫌な音に顔を上げれば、屋根の上で鬼が引っこ抜いた大木を担ぎ上げていた。
ビュン、と力任せに投げられ、辺りの家屋を破壊する音とともに土煙が舞った。狭い通路を塞ぐ枝の隙間から隊士が見えた。
しまった。分断された。

「俺は鬼を追う!お前は住人を避難させろ!!」

「はい…!!」 

赤ん坊の鳴き声が夜闇に響いて、女の叫びにも似た声があがった。
壊れた家屋に駆け寄り、大きな瓦礫や木片をどかしてなんとか外に出られるよう隙間を作る。 

「大丈夫ですか!外に避難できますか!?」

焦りに呑まれた声で呼びかけた。
一瞬なんの応答もなく、ひやりと背筋が凍る。
ごと、と音がして、半泣きの女性が赤ん坊を抱えて出てきた。赤ん坊は泣き止まない。女性は頭から血を流し、放心状態で周りに視線を彷徨わせている。

「中に人は…?」

ふる、と首を振る女性を座らせ、手早く手当を施す。耳をつんざくかのような赤ん坊の鳴き声が心を急かした。

「ここは危険です。まっすぐ南に行ったところに宿がありましたね?そこまで避難してください!」

ふらりと立ち上がった母親に、歩けますかと声をかけるも返事はなく、覚束ない足取りの彼女を目で追った。数歩進んだのち、恐怖に駆られたように走り出した後ろ姿を確認して、仲間の隊士を追いかけた。

足跡を辿れば鬼の気配が一段と近づいてくる。
分厚い雲で夜空は覆われていて、ままならない視界のまま気配を頼りに走った。
また遅い!って怒られちゃうかも。仲間の隊士の怒鳴り声が脳内で響いて、役に立たない自分が情けなくなってくる。
ぐちゃ!
ぬかるんだ地面を蹴った。
ぐちゃ?雨は一度も降ってないはず…。嫌な予感がして辺りを見回すと、黒い物体が転がっていた。闇に目を凝らせば、それが血みどろの隊士だと気づいた。

「先輩…!」

駆け寄り体を揺らすも既にモノと成り果てたそれはピクリとも動かない。 

「ギャーギャギャギャ!!!!」

鼓膜を裂く笑い声が響いた。はっと顔を上げれば、鬼が屋根から飛びかかってくる瞬間だった。
間一髪避けるも、受け身を取り損ねてごろごろと地面を転がる。

「ギャギャッ!!」

起き上がる間も与えられないまま、刀で攻撃を受けた。そのままぐいぐいと上にのしかかられて、鬼の臭い息が顔にかかる。
たまらず鬼の腹を全力で蹴り上げ、後ろに飛びのいて距離を取った。
肺の空気を入れ替えるように深く呼吸をする。
くるくる、と奇妙に喉を鳴らしながら、顔を右へ左へ傾ける鬼。こいつ、分身する方の奴か。無駄に図太い胴体に細い手足で、なんだか羽をもがれた蛾のように見えた。

「…ひとりぼっちになっちゃったねぇ」

突然囁き声が耳を擽った。反射的に声のする方に刀を振るう。
キンッと甲高い金属音とは裏腹に、刀身は素手で握りしめられていた。白く浮かび上がった顔がにやにやと気持ち悪く笑っている。

「きみ、ずっとビクビクしてたもんねぇ。ぼくたち三人が相手だねえ、勝てないねえ!かわいそ」

握られた刀をくるりと返し、鬼の首に突き刺した。

「…かわいそうだねぇ。ねえ、人間様に言葉奪われるってどんな気持ち?」

ぽかんと口を開けたまま、私を見つめる白い顔。
腹の奥底から笑いが込み上げてきて、口元がにやけた。

「ねえ聞いてる?」

唇を歪めたまま冷めた視線を投げれば、瞬いた目が一瞬で屈辱に燃え上がった。
その瞬間、ぐわっと迫る鬼の気配が背筋を貫き、背後に迫った蛾の鬼を振り向きざまに一閃した。腕が飛び、ギャッと悲鳴が上がった。後ろから伸びてきた白い腕を掴み、ぐるっと投げて地面に叩きつける。ぱきっと骨の折れる音がした。
こんなの大したダメージにはならないだろうけど。
腕を押さえながらよろよろと立ち上がった蛾の鬼が視界に映った。ぶわんと鬼の輪郭がぼやける。
また分身する気か。
こいつ分身する数秒間身動き取れないんだから、距離取ってからやればいいのに、馬鹿だなぁ。
鬼の目を浅く切って視界を奪った。
懐に潜り込み、肘で鳩尾を撃ち、思い切り顎を突き上げる。ぐらりと鬼の重心が揺らぐ感触。そのまま膝を腹にねじり込み、正面から全力で腹を蹴飛ばした。
完全に重心を失った鬼はいとも簡単に吹き飛んだ。間髪入れず地面を蹴り、鬼が地に叩きつけられるのと同時に馬乗りになる。

「ギャッギャァァアア!!!!」

威嚇するように歯を剥き出した口周りを根こそぎ抉り取った。耳障りな声の代わりに、あーという間抜けな母音が垂れ流される。

「あ、忘れてた」

立てないように両足切り落としとかないとね。バランス悪いし腕も取っちゃう??
四肢が切り離された胴体をもぞもぞさせる様子は本当に羽をもがれた蛾みたいだった。

「すごいね鬼ってこれでも生きられるんだもん」 

転がる腕を拾い上げまじまじと見つめれば、尖った爪に何か引っかかっていた。
あらこれ隊服じゃない。先輩服破られてたのね。なんかうける。
股下の胴体が小さく振動し始めた。ぶれる輪郭。 

「だからさぁ、いま分身しても余裕で殺されるでしょ私に」

あうあうと声を漏らし、まるで私の言葉なんて聞いてない。糞が。弱い君でもわかるように丁寧に教えてやってんだろ?弱い奴ってほんと馬鹿だな。あーまた再生しようとしてるの?それしか脳がない無様で醜い肉塊なのって生きてて恥ずかしいよね死にたくなるよね、私も死にたいよ。
あれなんで私鬼に共感なんかしてるんだ?なんで??あれ???私ってよわ……
んーーーーーーーーーーーーーーーーーー??
よわよわよわよわよわよわよわよわよわ???

「うぜーからてめえはもう分身すんな」

力任せに首を斬った。
…あああああ、鬼相手ならこんなに簡単に済むのに!!
数十分前までの、仲間に怯えていた自分が脳裏にチラつく。胸を焼くような羞恥に「あ’’あ’’っ」と声を吐き出した。ボロボロと風に消えていく鬼を、なおも細切れに突き刺して苛立ちをぶつける。また惨めな記憶が増えた。思い出すたび死にたくなるやつだ。黒歴史現在進行中ってかふざけんなふざけんなよ糞が糞が糞が!!!!!
じゃり、と土を踏む音がして振り返った。
折れた骨はもう治ったのか、青白い顔の鬼がゆらりゆらりと立っていた。お前はクラゲか。
立ち上がり、刀を振って血を飛ばす。 

「ふ、ふふ…悲しいんだねえ、仲間が死んで、悲しいんだねえ」

「あ??」

湧き上がる苛立ちを込めて睨みつけた。

「悲しいわけあるか。せいせいしてんだよ」

おや、と片眉をあげる仕草が癪に触る。
今すぐ首を切り落としたい衝動を抑え込み、刀の柄を握りしめた。冷静冷静。頭に上った血を下げなきゃ回る脳みそも回らないしね。
……こいつ硬いんだよなぁ、私の腕力じゃ無理だしどうやって殺そう。

「てゆか何、鬼って群れないんじゃないの?なんで二匹も一緒にいんのよ」

「アレと一緒にしないでほしいねぇ。俺はアレより」

目の前から鬼の姿が消えた。
強いからねぇという言葉だけが耳に届いた瞬間、上から叩き潰されるような衝撃が走った。
うわ、すご。わたし反射でこれ防いだの。
頭上に構えた刃に、ギリギリと爪が食い込んでいる。やば、重……
鬼の圧で潰される直前に身を翻した。
どん!鬼が着地する音と共に首目掛けて刀を振り下ろす。
ガキンッ…!!
跳ね返されるも瞬時に脇腹を蹴り上げる。
いった……足痛!!!!
私が顔を顰めるのと同時に鬼も顔を顰めた。
体に染み付いた型と本能で、息もつかずに技を繰り出す。
キンッキンッ……キンッ!
こいつに動く暇を与えるな。脳みそが訴えるまま切りつけていく。
金属音と共に防戦一方の鬼の衣に血が滲み始めた。
そういやこいつ顔顰めてたよな、今も傷はつけられてるよな、硬いのは特定の部位だけ?違うよな一箇所だけだよなしかも硬化部位を変えるのにタイムラグがあるよな!?!?!?
殺せるなぁ!!!!!!!!
確信がアドレナリンとなって刃を加速させる。全身をくべなく斬りつける。
顔首腹足首顔足腹腹首顔腹首顔足腹!
顔を硬化するなら足を切り落とせ!!!!
足を硬化するなら目を潰せ!!!!
まだ首は斬るな徹底的にいたぶりたい!!!!
呼吸を止めるな肺が潰れようとも心臓が打ち砕けようともこいつを殺すまでは!!!!
足を切り落とした。

「がっ…」

気を逸らした顔もついでに一閃、目も潰した。
ダブルコンボやったね!!やればできる子!!
達成感に浸る前にこいつを絶望的に殺しましょう。強い者は油断なんてしませんからね、獅子搏兎とはまさにこのこと。
ぶつ切りにされた大腿を引きずり、朝日が差しそうな場所へと向かう。時々振り返って再生しかけた目を潰す。足も切ります。見えなきゃどこ硬化すりゃいいかなんてわかんないよね。
ごめんね。どんまい。

「はー…重…」 

結局町のはずれまで来てしまった。腕は抵抗するから途中で落とした。引き摺った跡が血で赤黒くなっている。四肢の無い男引き摺り回すなんてどっちが鬼かわかんないね。
顔をあげれば東の空が白み始めていた。
どさり、と手を離す。

「ねぇ、空が綺麗だよ」

びくっと鬼の体が震えた。

「ちゃちゃっと首切っちゃお」

下腹部に刀を振り下ろす。

「ぎぃっ…」

「ははっ首硬くしてた??今から君の体輪切りにするからね。見えないだろうけど頑張ってどっか硬くしといてね」

切り離した下腹部を持ち上げれば、でろーんと長いものが飛び出てきた。

「腸なんて初めて見た…や、嘘、前に死んだ隊士が垂れ流してたの見たわ」

鬼からはなんの相槌もない。
再生しかけた腕を斬る。目を潰す。腹を裂く。

「がんばれがんばれ」

おそらく体のどこかを硬化してるんだろうけど、ランダムに切り刻む刃を防ぐことはなかった。
もう刻むの飽きてきたなーと思いかけたその時。
遥か遠くの山並みから、ついに一筋朝日が差した。

「きたー!」

明るくなる空とともにわたの心も軽くなる。
お楽しみの時間だよ!

「ねえねえ!自分の体の中でどこが1番嫌い?」

胸から上が繋がっただけの鬼に聞くも返事は無く。これでいっか、と小さめの肉塊を拾い上げ、朝日の差す地面にポイっと投げた。
ジュッ!

「ぎゃぁぁぁああああ!!!!!」

「まだまだ声出せるじゃん!次はこっち!」

ジュッ!

「ぎっぃいぃ…いいいい」

切り離されてても痛みって感じるんだなぁ。今日でひとつ鬼の知識が増えたよ。
ジュッジュッと朝日で鬼の肉片を炙っていく。
ジュッ!

「ぎゃぁぁああぁああああ」

「もう一匹の鬼と一緒にすんなって言ってたけど、そんな変わんないね」

ついに残すは胸から上だけになった。
よしよし、最後にこの世界を見せてあげよう。
段々と目が再生されていく。
中々に重いそれを目の高さまで持ち上げて、鬼の瞼が開くのを待った。
ぱちっ

「やぁ」

「っ…」

ぐるぐると忙しなく踊る視線。

「最後に景色を堪能できた?もう腕疲れたから投げるね」

「待っ」

ジュジュゥゥゥウ…

「あ’’あ’’あ’’あ’’あ’’あ’’あ’’あ’’」

ぼろぼろと焦げて炭のように真っ黒に。
しゃがんで膝に頬杖をついて、見開いた目を見つめ続けた。

「あ’’あ’’………」

朝の冷たい風が吹き、鬼の命をさらって去っていった。







「…………なんか今夜は長かったなぁ」

はぁ、と力が抜け、その場に座り込んだ。
頭から熱い血がさぁ、と抜けていく感覚。
チョンチョンと鎹鴉が近づいてくる。

「……任務終了。仲間1人死んじゃったって、伝えといて」

飛び立つ鎹鴉を見送って、でもまだ立ち上がる力は出なくって、私はしばらくその場に蹲っていた。体が岩のように重かった。
先程までの昂揚感は鳴りを潜み始めて、濁った澱のようなものが滲み出てくる。
あぁ、始まった…。
いつもいつも、鬼を殺した後に陥るこの感覚。
逃げられない。
思考を放り投げた脳味噌が、先程までの鬼との戦いの記憶を断片的に見せつけてくる。
殺意に狂った私。
そんな私の、玩具でしかなかった哀れな鬼達。
血みどろの先輩。
昨夜街で合流した時は、「女かよ」としかめ面をした先輩。
けれど、鬼を倒すため、人々を守るため、的確な指示を出してくれた。
間違いなく、彼は強い人だった。
どれほど時間が経ったのか。
朝の冷たい風が髪を撫でていく。
昂りも、煮え繰り返る様な殺意も、まるで嘘の様に消えていた。
ただただ、胸に虫が這ったような気持ち悪さが残っていた。

「……ぅ’’…………お’’ぇっ」

胃酸がせり上げて口内を焼く。



仲間1人死んじゃったって、伝えといて。

先輩服破られてのね。なんかうける。

前に死んだ隊士が垂れ流してたの見たわ。


「………………ごめん、なさい」


悲しいわけあるか。
せいせいしてんだよ。


ごめんなさい。
弱くて、ごめんなさい。
大切な、その命を、踏み躙ってごめんなさい。

「ごめんなさい」

狂った私が見殺しにした人たち。
精一杯生きた彼らを、踏み躙って私は生きている。
これからもきっと。





死ねばよかったのは私の方だった。





馬乗りになって殺した鬼。
(弱かったなぁ、それに馬鹿だった。)
………私みたいだった。
(死ねて良かったね。)

耳の奥で、狂意を孕んだ声が囁く。
どれだけ悔やもうが、それは確かに私の声だった。




澄んだ空気と限りなく透明な朝の空。清らかな風に、胸の澱を溶かし流していく。
煉獄家への帰路へ着くのは、1時間ほどへたり込んだ後だった。



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