嵐前静謐



なまえを送り届け夜道を走っていると、スマホに着信が入った。早く戻れと言ってきた宇髄を思い出し、せっかちな野郎だと画面を見れば、弟からの電話だった。

「玄弥、どうしたァ。」

『兄貴!これから俺たちに合流してくれ!
いま二手に別れてるんだけど』

玄弥の話によると、敵チームは今、派閥により2つに割れて行動しているらしい。敵の総長が率いる派閥を煉獄が、もう一方を俺達が潰すことで決まったそうだ。

「オイ、確かデカいチームだったはずだよなァ?割れてんのも謎だが、なんでチームが弱くなってる今ウチに喧嘩売ってきたんだァ?」

『俺も全部口を割らせたわけじゃないけど、総長の女が俺たちを潰せって言い出したらしいんだ。
その女がチームとヤクザの接点になってるらしくて、無視できなかったって……』

「女ねェ。……仕掛けて来てんのがヤクザの方だったらめんどくせェな。」

ただの生意気な女が言い出したことなら気にすることはないが、うちがヤクザに目を付けられたんならまずい。些かの不安に、渇いた唇を舐めた。

「煉獄は何て言ってたんだァ?」

『…….本人の口を割るしかないだろうって。
俺たちに喧嘩売ったのがヤクザでも女でも、チームを潰す方向に変わりはないって言ってた。』

「そォか……」

確かに俺らを狙う奴らがわからない以上、正体を突き止めるのに口を割らせる必要はある。派閥が割れてるとは言え、チーム名を背負ってる以上どちらも潰すのが正解だろう。
そう冷静に考えても、拭えない不穏感が俺の胸には残っていた。

『とにかく、俺たちが喧嘩するのはカラーギャング落ちの奴らだ。宇髄さんが兄貴をリーダーにしろって。みんな異論はないぜ。
現在地をスマホに送ったから、急いで来てくれよ!』

「アァ、合流したら速攻仕掛ける。準備しとけェ。」

電話の切れたスマホ片手にため息が漏れた。
もしヤクザが俺らを狙ってるなら、この抗争は相手の思うつぼだ。煉獄だって分かってるだろう。

「まァ、んなことで日和ってたら不良なんかできねェよなァ…」

纏わりつく不安を消し飛ばすように、アクセルを踏み込んだのだった。









「煉獄、全員揃ったぜ。」

「うむ。」

偵察から帰ったメンバーから話を聞き終えた宇髄が、俺の隣に立った。ちゃらけたこの男も抗争前は静かに闘志を漲らせている。

「宇髄、今日は長物は使わないのか?」

「おめーこそ木刀はどうした。」

「使う必要もあるまい。」

笑う宇髄に俺も釣られて笑みが漏れた。
俺達の後ろには仲間達がバイクに跨り、出発のその時を待っている。

「宇髄、今日は無理するな。
お前には大切な女が3人いる。バックがやばいと思ったらすぐ引け。」

「お前が言うかぁ?なまえはどうすんだよ。」

「………なまえは、俺の片想いだからな!
俺が離れていればヤクザも近づくまい!」

俺の言葉に宇髄は口を閉ざした。しばらく考えるように黙り込んだのち、「馬鹿か」と小さく笑った。

「考えすぎんなよ。まだ裏がヤクザと決まったわけじゃねえし。それにどっちにしろ、売られた喧嘩は徹底的に買ってやらないとな。」

だろ?と挑発的に俺を捉える視線。
あぁ、こいつは本当に、俺より何倍もリーダーに相応しい。宇髄の視線に応えるように頷くと、一本吸って行こうぜ、と宇髄が煙草を差し出す。

「お前らも一服しとけ!
今日こそ煉獄の独壇場になんねぇよう気合い入れろよ!」

張り詰めた空気に笑いが漏れ、抗争前の僅かな時間が流れる。
そして、煉獄の灰が全て落ちる頃。

「……鳴らせ。」

煉獄の声に続いて、仲間達の甲高いコール音が夜に響き渡ったのだった。










不死川さんを見送ってから随分時間が経った。
煉獄さんの部屋は殺風景で、剥き出しのフローリングに小さなソファがひとつ置いてあるだけだった。ちらりと見た寝室も簡素なベッド以外何もなく、勝手に入るのも憚られてずっとソファに座っている。

(煉獄さん、無事かな…。不死川さんも、宇髄さんも。)

考えるのはどうしても今起きているであろう抗争のことで、不安ばかりが募っていく。
私が連れ去られたりしなければ、今日の抗争は起きなかった。チームリーダーの煉獄さんと出会ったんだもの、危ない世界に足を踏み入れたことをもっと自覚すべきだったのに。
悔やみ切れない後悔が胸を焼いて膝を抱えれば、車内でついた沢山の傷が目に入る。痛いけど、皆はこんな傷よりもっと大怪我するかもしれないんだ。白いソックスに滲む血が恨めしかった。

(………え?血が滲んでるってことは…)

慌てて立ち上がってブラウスを見ると、肘や胸元にも赤く血が広がっていた。まさかと思い座っていたソファーを確認すれば、血はついていないものの、グレーの生地に薄茶色の汚れがついている。慌てて手で払い、元通りになったソファーに安堵のため息が漏れた。

(そっか、私泥だらけだったんだ…)

シャワー浴びて消毒しとけよ、という不死川さんの言葉を思い出した。このままでいたら煉獄さんの部屋を汚してしまうだろう。

「シャワー…借りていいのかな。消毒液も……」

一人呟く声に応える者は誰もいなくて、ただ時計の針の音だけが部屋に響いた。
あとで煉獄さんに謝ろう、そう思いシャワールームへと向かったのだった。

身体の汚れを落としたものの、着る物には迷った。泥だらけの制服を着たらまた部屋を汚してしまう。かと言って新しい服を勝手に探すのは気が引けて、洗濯カゴの1番上にあったTシャツを拝借した。身に纏うものから煉獄さんの匂いがして胸が締め付けられる。

(消毒液…リビングやお風呂場になかったし、あと探してないのは寝室……)

恐る恐るドアノブに手をかけ、暗い部屋に足を踏み入れる。パチ、と電気をつけると見慣れないものが部屋の隅に山積みになっていた。
それは、数え切れないほどの折れた木刀だった。
思わず息を呑み、まじまじと見てしまう。
喧嘩に使ったのだろうかと思うも血痕すらない。

(あまり見ないでおこう。煉獄さんも見られたくないものかもしれないし。
消毒液探さなきゃ。)

ベッドの棚に置かれた消毒液は早々に見つかって、手早く手当を済ませた。ふとベッドに置かれた古びた本が目に止まり手に取ってみれば、「指南書」と書かれている。他の2冊も同じように書かれていた。
ぱらりとページを捲ると、難しそうな楷書の文章に、煉獄さんの手書きと思われるメモが端々に書いてある。

(これ、剣術の本だ……じゃあ、木刀はこのための…?)

折れた大量の木刀や読み込まれた指南書から、煉獄さんの努力が垣間見得て胸が締め付けられた。そうだ、煉獄さんが強くて有名なのも、これだけ頑張ってたからなんだ。
煉獄さんのことを考えれば考えるほど、思わず煉獄さんが来ていたはずのTシャツの裾を握り込んでいて、締め付けられる胸のまま誘われるようにベッドに倒れ込んだ。
ふわりと煉獄さんの匂いに包まれる。
脳裏にありありと浮かぶ煉獄さんの姿。

(あぁ、やっぱり好きだ。私、煉獄さんのことが本当に好きなんだ。
……煉獄さんに怪我をして欲しくない。
お願い、無事に帰ってきて。)

心から祈る。今、私にできるのはそれしかなかった。歯痒い思いを慰めるように、煉獄さんの匂いが肺を満たしていった。




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