違う背中に
「オラ、乗りなァ」
ドルルルッとエンジン音を鳴らす大型バイク。
大きな背中を反らして不死川さんが私を見た。
黒いインナー1枚じゃ寒そうだ。数分前、そう思って渡されていた不死川さんの白いダウンジャケットを脱げば、「おめーが着てろォ」と半ば無理矢理着せられてしまったのだった。
「うん。」
煉獄さんのバイクよりも少し低めのシート。跨ると数日前の煉獄さんの背中よりも、少し大きくて分厚い背中が目の前に広がる。
夜風に揺れる銀髪はヘルメットなんて被るかと笑うかのように月の光を照り返してた。
ちらり、と私が乗ったのを横目で確認すると、エンジンの爆音が勢いを増していく。
「捕まっとけェ!」
がなるエンジン音を突き破るような声に思わず不死川さんの腰に抱きつけば、小砂利を散らしながら急発進したのだった。
バイクから降りたなまえの姿に、「あぁ、こりゃァひでーな。」とため息が漏れた。
改めて見れば制服もバックもボロボロで、家の玄関前に立つとよりその酷さが際立って見える。
当のなまえは汚れたバックの中を漁っているが、中身をかき分ける手が焦ったように段々と早くなり、そして一言、「ない。」と呟いた。
「アァ?」
「家の鍵、落としちゃったのかも…!なくて!」
どうしよう…と眉を下げた目が心無しか潤んで俺を見る。
「ハァ?おい、ちゃんと見たのかァ?」
「うん!」
「貸せェ。」
スマホのライトで照らしながら無遠慮にバックを掻き混ぜるも、鍵らしきものは見当たらなかった。
「ねェな…」
「…うん」
「家誰もいねェんか。」
「…うん」
俯くなまえに気の利いた言葉も浮かばず、ガシガシと頭を掻いた。
困った。
周りにはホテルもネカフェもない。「家に送り届けろ」という命令の手前、カラオケやコンビニに放り込むこともできない。
俺んち……はダメだなァ。手を出すなとわざわざ釘を刺してきた宇髄に殺してくれと頼んでるようなもんだ。
どうしようかと悩む俺の脳内に、「秒で戻ってこい」と言った宇髄の顔がよぎる。
「クソがァ……おい、もっかい後ろ乗れェ」
「え?あっうん!」
バイクに駆け寄り跨ったのを確認し、アクセルを踏んだ。こうなりゃ最終手段だ。
文句は受け付けねーからなァ、と宇髄にぼやく。
「ねぇ!不死川さん!どこ行くの!?」
風に負けんと張り上げられるなまえの声。
「煉獄の家ェ!!」
「……はぁ!?」
驚きのあまり素っ頓狂な声をあげるなまえに、言い合いしてる時間はねンだよ、とアクセルを踏み込んだ。
深夜の道路を走り抜け、辿り着いたのはどこにでもある様なマンションだった。
オートロックを手慣れた手付きで解除した不死川さんの背中を追うと、ある部屋のドアをこれまた手慣れた様子で解錠して中に案内される。
勝手に入って怒られないのかと一瞬不安になるけれど、当たり前のように部屋の電気をつけていく不死川さんの様子に、黙って大人しく従うことにした。
「ここが風呂、隣が便所ォ。」
シャワー浴びて傷口消毒しとけよ、なんて母親みたいな口ぶりの不死川さんに口元が緩む。
「で、この奥の部屋が寝室。煉獄が帰るまでこの部屋で待っとけェ。」
「うん。…煉獄さんって1人暮らしなんだ。」
案内してくれる不死川さんの後ろを着いていきながら尋ねると、「まあなァ」と返事が返ってきた。
「実家が厳しいんだと。勘当される前に自分で家出たっつってたなァ。今じゃチームの奴らが押しかける始末だ。」
さっさと玄関に戻り、チャッとバイクの鍵を取り出す不死川さん。
背中越しに、「今日は悪かったなァ。」という呟きが聞こえた。
「ううん、こちらこそ助けてくれてありがとう。」
「ハッ!よく言うぜェ…ビビりまくってただろが。」
ふいにこちらを振り返った不死川さんは、柔らかな表情で私を見つめた。
ぐちゃりと髪の毛をかき混ぜられる。
「ここは安全だからよ、安心して眠っとけェ。」
頭から手が離れ、言葉を返す間もなく不死川さんは出て行ってしまった。
バタンと閉じられたドア。
ぽつんと取り残された玄関で、……あぁこれって、すごく不器用だけど頭を撫でようとしたのか、と、しばらくして合点がつく。
最後まで私を気遣ってくれたのだと気付いた瞬間、体が無意識に動いていた。
窓に駆け寄り、鍵を開けてベランダに駆け込む。身を乗り出して下を確認すれば、バイクに跨った不死川さんが駐車場を走り抜けるところだった。
何か言わなきゃ、伝えなきゃ、と思っている間に、バイクのテールランプはどんどん遠ざかっていく。
「…不死川さん、」
不死川さんがいなかったら、私は今頃無事ではなかった。きっと、車内で襲われた時よりもっと怖くて酷い目に遭っていたに違いない。
不死川さんのおかげで、私は助かった。
車内から出してもらった時、敵か味方か分からずに怖がるあまり、お礼もちゃんと言えなかった。
それでも、不死川さんは今日ずっと私のことを気遣ってくれてたんだ。
「助けてくれて、…本当にありがとう。」
もう声なんて届かない小さなテールランプに、そっとお礼を呟くことしかできないのだった。