黒幕の足音


甲高いコールで夜闇の街中を挑発しアクセルを踏み続ければ、ちらりちらりと現れる敵のバイクの面々。尻尾を掴ませるかの如くヘッドライトが俺達を照らしては、敵の本丸へと走り去るテールライト。

「…誘われてんなァ」

「構わん。追え。」

俺の言葉にチームから飛び出していく数人の仲間たち。まるで獲物を狙う獣のようだ。隣で、シルバーのバイクに跨る宇髄が「近いぞ」と漏らした。そうだろうな、と数の増え始めた敵のバイクに目を細める。
突然、目前の闇で爆発音が響いた。次の瞬間には赤々と炎が燃え立ち、爆発したバイクから逃げる人影が浮かび上がる。どうやら敵のバイクを一つ潰したらしい仲間が、誇らしげにヘッドライトをを瞬かせコールを響かせた。
……始まったな。
腹から湧き立つ高揚感と、なまえを傷つけた復讐による加虐心を奥歯で噛み殺しアクセルを踏み鳴らした。

「俺が出る!!!!」

響き渡った俺の声に一気に高まる士気。
加速した景色は先程の爆発を一瞬で通り越し、遠くに瞬く敵のテールランプを捉えた。
カッと滾る闘争心は幾度も経験してきたものだ。握ったグリップに力が入り、ギリギリと擦れる感触が「早く殺せ」と俺の心情を伝えてくる。
ぐんっとアクセルを深く踏んで、後ろに倒れる重心をかなぐり捨て加速を続ければ、みるみるうちに近づく敵の車体。4体のバイクの後輪を捉え、自慢の太いタイヤを割り込ませていく。
ヴォンヴォンと俺と敵のエンジン音が脳いっぱいに響いて溢れ出そうだ。焦った敵の顔がよく見えて嗜虐心が疼いた。
割り込み並んだ左のバイクが勢いよく車体をぶつけてくるも、迎え撃った俺の黒いバイクに弾き飛ばされて視界から消えた。瞬間、後方から悲鳴と衝突音が鼓膜を震わせる。

「っくそがァ!!!!」

右隣の男がバイクから身を乗り出し、鉄パイプを振りかざした。不安定な車体で揺らぐ貧相な上体。太刀筋はお粗末なものだ。脳天に振り下ろされた鉄パイプを掴んで捻り、簡単に敵の手から離れた鉄パイプで相手の顎を打ち砕いた。ぐぇ、と醜い声は風に吹き消され、乗り手の意識を失ったバイクはバランスを崩し、流れる景色と共に消え去っていく。
……あと2体か。つまらん。
俺の後ろに着くバイクを見やれば、俺を煽るかのようにエンジン音が高まった。

「は!面白い!!
この煉獄を煽るとはな!!」

スピードに乗ったバイクを更に加速させれば、背後で俺を照らすヘッドライトがどんどん細く頼りないものになっていく。あっという間に十分な距離が開き、少し先にコールを掻き鳴らすバイク集団が見えた。

(……本丸だな。手土産なら2人で足りるだろう。)

高速で走るバイクを横に滑らせ急ターンし、敵2体のバイクを見据える。ドルンッドルンッと腰に響くバイクの振動が興奮を募らせる。体中に滾るアドレナリンのままにアクセルを踏んで2体のバイクを迎え討った。敵からもぎ取った鉄パイプが、流れるアスファルトに時折触れ、火花を散らす。
真正面から俺を照らす眩い2つのヘッドライト。スピードを緩める気はない。このまま衝突すればお互い即死だろう。馬鹿な度胸試しに腹の底から笑いが込み上げてくる。
走るバイクを両腿の力で支え、鉄パイプを構えた。
目前に迫るライトに、恐怖に駆られた2人の顔がよく見える。一方がぎゅ、と目を瞑った一瞬、抑えつける力が弱まった車体がぐらりと軌道から逸れるのを見逃さなかった。このスピードで、目を閉じたら、諦めたら終わりだ。
もう一方の恐怖に引き攣った視線を受け止める。あと1秒後には正面衝突するだろうな。だが、俺から目を逸らさなかったのは褒めてやる。
構えた鉄パイプを全力でスイングした。
敵の顔面を捉えたそれは、歪に顔の骨を歪ませドライバーをバイクから振り落とした。
制御を失ったバイク2体はこの先の本丸に突っ込むだろう。何人が巻き添えを喰らおうが知ったことか。俺の怒りをぶつければ、どうせ皆無事では済まないのだから。
視線を上げれば、遠くに仲間達のバイクが走ってくるのが見える。熱くなった車体を宥めるようにスピードを緩め、仲間達との合流を待った。





「またおめーはド派手にぶっちぎりやがって!」

合流早々、宇髄のキレ気味の言葉が投げられた。
他のメンバー達は俺と目を合わそうともしない。あぁ、俺は今嗜虐心に呑まれた顔をしているんだろう。だがそれでいい。いつものことだ。

「宇髄、お前がチームを抑えてくれたおかげで俺は存分に潰せた!感謝する!」

「たりめーだろ!!あのままお前を追いかけてってたらうちの連中までとばっちり喰らうわ!!」

俺の戦い方が骨身に染みているのだろう。相棒の冷静さと視野の広さには感服する。ガシガシと頭を掻いた宇髄は後ろに控える仲間たちに振り返り、口を開いた。

「おめぇら!俺らのリーダーは今日もガチだからなァ!1人でも敵のタマもぎ取ってけよ!!」

ハイ!と揃った返事に、このチームのリーダーは宇髄なのではなどと疑問がよぎるも、敵殲滅の前には些細なことかとバイクに跨った。

「本丸はこの先だよな?」

「あぁ。敵のバイク2体を送り込んでやった。」

「…………。
 あのさ、返り血付いてっから。」

呆れたように教えてくる声音が「落ち着け」と警告してくる。思ったより俺は復讐心に呑まれてるのかもしれんと気付くも、それを止める術を知らなかった。
懐から取り出したメリケンサックを手にはめる。
さぁ、俺の大切な女を傷つけた糞野郎を殺しに行こうか。たとえ黒幕がヤクザでも、なまえに手を出そうなどと、二度と思えないほど徹底的に叩き潰す。
アクセルを踏むのに、迷いなど無かった。








俺が突っ込ませたバイクは無事に届いたらしい。
未だ煙をあげるバイク2体がおざなりに捨て置かれるなか、敵のチームと対峙した。内部で割れた片方とは言え、やはりでかいチームなだけあって、俺のチームよりも数は多い。武装した俺たちを見ても驚かないところを見ると、やはりこちらの襲撃は想定していたのだろう。

「名乗る必要はないな?」

仲間たちを背に問い掛ければ、敵チームの1人が前へ歩み出る。頭ひとつ抜けて目立つガタイの良さから、こいつが総長だと見て取れた。
憎々しげにじろりと睨まれる。

「……女みてぇなツラしやがって。
風穴空けてやっから覚悟しろやア!!」

敵の総長が吼えたのを合図に、敵チームが一斉に飛び出してきた。武器を携えて迫り来る人波を横目に、ざり、と俺の隣に立つ宇髄。

「右の方がたのしそーだなァ!?」

「俺に譲れ。」

「ハイヨォ」

喉奥に潜む笑い声が俺の耳を掠め、一瞬で宇髄は姿を消した。開かれた目の前に、なだれ込む敵の数々。目の前で大きく振り上げられた幾多の拳に嵌められた武器が、頼りない街灯を照り返してキラリと光る。
薄い拳だ。
細い腕には碌な筋肉が付いていない。
武器ありきで喧嘩してきたのだろう。
そんな拳が俺に当たると思うか。なまえを傷つけられた怒りに駆られたこの俺が。

「…遅い!!!!」

思い切り腕を引き絞り、緊密した筋肉を解き放つように敵の鳩尾へ拳を撃ち込んだ。
数人分の体重がのしかかった拳。膨れ上がった筋肉は確かな手応えに狂喜し、全力で敵の胴を打ち抜いた。
吹き飛ぶ数人の体。その落下を見届ける事はなく、風を切って背後に迫る金属バットを振り向きざまに蹴り上げる。甲高い音と共に、暗い夜空へ消えるバット。我ながら高く飛ばしたものだ。
頭上を掠める鉄パイプを躱す。飛びかかってきた首根っこを掴み、囲むように迫る敵どもを薙ぎ倒した。
俺の周りに転がる十数人の敵の身体はぴくりとも動かない。
未だ俺を囲む敵の面々は、ごくりと喉を嚥下させた。
数秒、睨み合う俺の耳に、夜空から風を切る音が届いた。ふ、と右手を掲げれば、パシリと手に収まる金属バット。先ほど俺が蹴り上げたものだ。
俺が武器を手にした瞬間、俺を見る敵の目に恐怖が滲むのを肌で感じた。

(……つまらん。)

失望、嘲笑…そんな感情が俺の胸を浸していく。
……俺はまだ本気で拳を奮っていない。小手先で敵をいなしただけだというのに、こいつらの眼はなんだ。俺の怒りが、こんな矮小なものだとでも思うのか。俺の怒号の片鱗さえ掠めでもすれば、一人残らず塵のように消してやれると言うのに。
こいつらが相手では、この怒りの欠片も晴れない。

「……散れ。」

低く、獣の唸り声にも似た声が漏れ出た。

「貴様らでは俺の足元にも及ばん。
大切な者がいるだろう、愛してくれる者がいるだろう。」

瞬きもせず、俺を見つめる幾つもの眼。少しばかり揺れて、戸惑い、まるで救いを求めるかのような光を宿して俺を見る。
ふつり、ふつりと腹が震え始めた。
俺をそんな目で見るとは。お前らには、さぞかし俺が善人に見えるのか。
それはやがて抑えきれないほどの嘲笑となって俺の口元を崩した。

「………逃げまどえ!!
その背をズタズタに引き裂いて、一人残らず地獄に叩き落とす!!!!」

俺の声が大気を震わせた瞬間、囲み俺を見つめていた敵チームは一斉に襲いかかってきた。恐怖に駆られた足を縺れさせながら。
迫る敵の顔を潰し、腕を折り、足を折り、地に臥したその腹を踏みつけた。
敵を屠る感触を味わうために、金属バットは手放した。
それだというのに、……あぁ、貧相な体に拳を捩じ込もうと、膝で内臓を潰そうと、俺の怒りは消えない。むしろ、燃えきれず燻りますます熱を募らせる。
そして、怒りは不完全燃焼のまま、俺だけが地に立っていた。
あっけなく倒れた何人もが、目下に散らばっている。苛立ちの紛れる溜息が溢れた足元には、敵の総長の顔があった。

「弱い。」

吐き捨てた言葉に、ぴくりと動く総長の眉。
腰を落としその派手な髪を掴み上げた。
ぐぐ、と持ち上がり俺を睨む目は「お前が憎い」と語っている。

「無様だな。
なまえを襲わせたのはお前の指示か。」

ぶるぶると唇を震わせただ睨むだけの男。こめかみを地面に叩き付け、ぐ、と力を込めれば、声にならない悲鳴が漏れた。

「言え。お前の指示か。なぜ俺達に喧嘩を仕掛けた。頭蓋が割れる前に答えた方が身の為だぞ。」

静かに語りかける俺の手の下で、めり、めり、と音が鳴る。言葉を成さない呻き声が、やがて情けない声となる。

「え、エマがっ…!お前の女を…さ、さらえって言い出して…!!」

「……エマ?」

「お、おれの、女!」

掴んだ髪を再度持ち上げ、しかとその目を見据える。

「なぜお前の女がなまえを狙う必要があった。なぜ危険を冒してまで俺たちに喧嘩を売る真似をした?」

「あっあいつ、お前に相手にされなかったのを、ね、根に持ってんだ…!おれ、俺だって、女の未練のために体張るなんて、気に食わなかった!!でも、あいつ、…最近ヤクザの事務所出入りしててっ……変な男連れてきやがって…!!
それでっ!」

饒舌に動く男の顎を地面に落とした。「グッ」と潰れた声が漏れる。

「よく喋る舌だな。顎を砕かれる前に教えろ。
お前の女が連れてきた男はヤクザで間違いないな?そいつが俺のチームを潰せと指示したのか?」

こくこくと必死で動く男の頭。
ぞわり、と腹の底が気持ち悪く蠢いた。

「…宇髄!!」

「ぁんだよ」

ずり、ずり、と息絶えた敵を抱え、宇髄が現れる。
辺りは先程までの抗争が嘘のように静まっていた。

「…たくよォ。俺の相手が途中からお前んとこ行くから寂しくって寂しくって。」

ふざけた様子で笑う宇髄の胸元を掴んで引き寄せた。

「宇髄、……お前は仲間を連れて撤退しろ。
仲間のバイクも全てこの場から消せ、動かないものも、折れた武器も全部!!」

引き寄せた俺の手を掴み、宇髄はじっと俺の目を見つめた。

「……なにがあった?」

まるで俺の目に答えがあるかのように、じっと視線が注がれる。
その視線を真正面から弾き返すように、ぐっと宇髄に詰め寄った。

「裏はヤクザだ。なまえを攫って、俺たちは戦わせるように仕向けられた。
……想定していた最悪のルートだ。俺の言葉を忘れてはいまいな。」

『裏がやばいと思ったらすぐに引け。』抗争前に宇髄に告げた言葉だった。
わかってくれ、と宇髄の目を見つめ返す。
いつも通りの不遜な表情は崩れなかった、が、短くため息を吐き、「わァったよ、リーダー。」と掴んでいた俺の手を離した。
何か言いたげに眉を寄せたあと、やれやれと頭を振って背を向ける宇髄。

と、その時だった。

突然、乾いた音が暗闇に響いた。
それは止むことなく、少しずつ早くなっていくその音は、まるで拍手のように手を打つ音で。
仲間以外、誰もが地に臥した夜の闇に、不気味に拍手の音がこだましたのだった。



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