化けの皮は剥がされた


「傷を見せろ!!」

炎柱様が隊服にかけた手が一瞬止まった。あれだけ出血したのだ、炎柱様の手を汚してしまったのかもしれない。それでも手早く腹部を晒した炎柱様は、傷を一瞥し、私の額に手を添えた。

「なまえ、呼吸を整えろ。
止血法は知っているな?」

がらがら、と瓦礫の崩れる音がする。額にある炎柱様の手をどかし、刀を支えにして立ち上がった。

「鬼が来ます、自力で止血しますので…!」

「………わかった。
最優先で止血、動けるようになったら即撤退するんだ。」

「しかしっ…」

「これは上司命令だ!!師の命令ではない。
鬼を倒すため、組織として動くために言っている!」

「…はい。」

私を庇うように前へ出た炎柱様に、申し訳ない気持ちが湧き上がってくる。
足手まといにしかなっていない。
炎柱様は組織の主導者として任務を行なっているのに、私は己の証明のために我欲を通そうとしてしまった。

「姫をっ…返せぇえ!!」

鬼のつんざく様な叫び声と共に、何十本もの触手が伸びてきた。炎柱様は見事な剣捌きで、触手の一本も私に触れさせようとはしなかった。
守られてばかりだ。早く、早く止血しなければ。

「何故貴様が姫を守っている!!
それは俺の御役目…!!姫のお側にいるべきは、この俺だ!!!!」

「なまえの腹に穴を開けたのを忘れたか!!」

目の前で繰り広げられる攻防。
呼吸を整え、深く深く傷口を探る様に止血をしていく。

「姫…傷付けたことは、詫びることしかできませぬ……!
もう一度御慈悲を…!俺からこの役目を取り上げないでくだされ!姫!!」

「なまえはお前の姫ではない!俺の、継子だ!!」

腹を伝う血が流れを止めた。
血液が循環を始め、どくんどくんと確かに心臓が脈打ち始める。

「炎柱様!止血完了しました!
……撤退します!!」

「うむ!!」

頷いた炎柱様が刀を大きく振り、技を繰り出した。立ち込める土煙のなか「行け!!」という炎柱様の声に背中を押され、崩れた壁から部屋を出たのだった。






じわりと血の滲む傷口を押さえ、階段を駆け降りる。限界をとうに越えた体は息をするたび痛みが走るが、構わず呼吸を続けた。体力を底上げする呼吸と止血の呼吸を同時に行うのは至難の技だ。
早く、早く城の外へ。
この焦る気持ちは何なのだろう。炎柱様ならば必ず鬼を倒すだろうし、仲間達はきっともう怪我人を連れて城の外へ出ている。
違う。この感情は、怯えだ。
炎柱様のお力になれなかった。
守ってもらうばかりで、足手まといだった。
……炎柱様の助けが来なければ、確実に死んでいた。
むくむくと胸の内で、己を嘲笑する気持ちが湧き上がる。また心に巣食う自分に負けそうな気がして、逃げなければと足を早めた。
ビチャ!!
階下の広間へ足を踏み入れた途端、生暖かい液体に足が浸かる。足を止めて辺りを見れば、見渡す限りの血の海で。その中にぽつんと人影があった。
しずえさんと、獪岳さんと、あとはしずえさんが抱えている隊士。

「しずえさん!獪岳さん!」

血を跳ね飛ばして駆け寄ると、2人とも呆けた顔でこちらを見た。

「何してるの!?外に出たんじゃないの!?」

「……鬼、いっぱい来たの、それで、」

しずえさんの落とした視線を辿ると、しずえさんの膝上に抱えられた勝浜さんが目を閉じていた。

「勝浜さん!大丈夫ですか!?他の皆は…!」

「死んだよ」

ぼそりと呟く獪岳さん。
とりあえず丙隊士の勝浜さんを手当てしなければと膝を着くと、止めるように獪岳さんが私の腕を掴んだ。

「無駄だ。そいつももう死んでる…」

見れば、勝浜さんの胴には巨大な穴が空いていた。けれど、しずえさんの白い手はまるで命綱のように勝浜さんの手を固く握って離さない。

「笑えるだろ、こいつなら助けてくれるかもって、死んでる丙を引き摺って来たんだぜ、俺達。」

「……早く城を出よう。
炎柱様が今本体の鬼と戦ってる、私達は撤退命令に従わなきゃ!」

その時、ドシンッ!!と広間が揺れた。血の水面が振動し、幾重もの波紋を作る。
廊下から触手鬼が1匹姿を現した、と思ったら、続々と何匹もの触手鬼が広間へと入ってきた。
恐怖の感情など焼き切れてしまっているのか、2人とも諦めた様に動かない。

逃げるしかない。
(….動かない2人を連れて?)
だって、もうこの身体じゃまともに戦えない。
(触手を躱しながら?2人とも守れるの?)
耳の奥で語りかけてくる声に、身体が強張る。
(私が戦ってあげる。そうすれば、「私」は生きて帰れるでしょう?)
……そうだ。
「私」じゃ戦えない。逃げ切れる確信もない。
しずえさんも、獪岳さんも、死なせてしまうかもしれない。
初めて仲良くなれたしずえさん。
策に協力してくれて、共に鬼を倒した獪岳さん。
大切な仲間なんだ。

「しずえさん、獪岳さん。逃げて。
鬼は1匹も、ここから先へは行かせない。あなた達を追わせないから。
だから、早く逃げて。」

刀を抜き腰を上げた。
ずきんっと傷口から走る激痛が「戦えば死ぬぞ」と警告してくる。

「死ねないのよこんな事で…炎柱様に守ってもらった命なんだから。」

ヒュンヒュンッと伸ばされた触手が、私たちを嘲笑うように宙を踊る。
刀を構えた。
もうどんな力だって使ってやる。ねぇ、もう1人の私、力を貸して。皆で、生きてこの城を出るの。
襲いかかる何本もの触手。
全力で地面を蹴って、刀を振りかざした、その時。
ガクンと力が抜けて視界が真っ暗になった。
耳の奥で、私の笑い声が聞こえた。






あぁ、死ぬなぁって思ったの。このお城に入った時から。
だから、煉獄様が来て、城の外に出ろって指示された時は安心したわ。だけど、皆死んじゃった。丙のすごく強い勝浜さんも、私を庇って、私の目の前で死んじゃった。
きっと今日皆死ぬ運命なんだ。なまえちゃんが上の階から来た時も、あぁこの子も死にに来たのね、って思った。
バチン!!!!
わ、触手がなまえちゃんの刀に弾き返されたわ。守らなくてもいいのよ、私のことは。
だってだって、皆死んじゃうんだもの。

「ってぇんだよ傷が!!!!
あんたら戦わないなら早く消えろ!!邪魔だ!!」

女の子なのに、汚い言葉使っちゃだめよ、なまえちゃん。お母様に怒られてしまうわ、あぁ、お母様、お母様、会いたい、怖いわ……お母様助けて……
きーんって音がして、突然目の前に血だらけの顔が近づいた。
あぁ、悪魔ってきっとこんな顔をしてるのね。噂の死神隊士かしら。

「おい!刀を奪われた!!あんたの刀貸せ!」

あら、なんで死神隊士からなまえちゃんの声がするのかしら、、
あっだめ!その人凄く強いの!!私を守ってくれるの!!連れてかないで!!!!
あぁ、触手が、何本も勝浜さんを突き刺してる。
死神が、刀の代わりに勝浜さんを盾にしてるんだわ。ひどい、ひどい、きゃっ、勝浜さんの頭が、腕が、飛んでくる…!!!!





十数体はいた鬼が、次々とみょうじによって倒されていく。何百本と襲いかかる触手を掻い潜り、宙を舞い、身を躍らせて鬼を仕留める様は、流麗であるが故に冷酷さが際立って俺の目に映った。
キーン!!と甲高い音が鳴り、触手に弾き返された刀が弧を描いて鬼の群れの中へ落ちる。
伸びる触手に背を向け、陽賀という女に詰め寄ったのち、死んだ勝浜を盾に鬼に立ち向かうみょうじ。容赦なく勝浜の遺体は抉られて、四肢が飛び散った。残った胴は、肉が削げ落ち、骨が露わになっている。

「くそ!もう使えねぇのか!!」

そう言って遺体を血の海に投げ捨てたみょうじは、丸腰のまま鬼の群れに飛び込んだ。仲間の血を頭から浴びて、髪を振り乱し鬼に掴み掛かる。
どちらが鬼かわからない。
あれが、本当にみょうじなのか。
見殺しになんて出来ないと、仲間を守ることに徹していたみょうじなのか。
間違いなくお前はこの隊の誰よりも強いんだろう。
だが、俺は、お前に心底怯えてしまっている。
死神の名よりもっと鮮烈な、お前の狂気じみた残酷さに、俺の全身全霊が恐怖に慄いているのだ。
鬼どもの体に乗り、飛び移り、触手を躱していたみょうじの姿がふっと消えた。
やられたのか、と思うも俺の体は石のように固まって動かない。ずっと、ずっと。
鬼の群れが一瞬静まった、と思ったらブシャーーーッと西洋のシャワーのように血が吹き出した。
崩れ落ちる鬼の体を飛び越えて、自分の刀を取り戻したみょうじが駆け寄ってきた。廊下からは、新たな鬼の重い足音が近づいてくる。

「獪岳とか言ったな!?女連れて城から出ろ!!」

キッと俺を睨み付ける瞳は、「考えがある」と耳打ちしてきたみょうじの目と何ら変わらない。
俺は動けずにその目を見つめ返すことしかできない。
苛立ったみょうじが思い切り俺を蹴り倒した。
血の海に沈む俺を踏みつけ、ギラリと光る切先を俺の首に突きつける。

「雑魚が!!ピンピンした体でひよりやがって!!こっちは腹に穴空いてんだぞ!?
動けねぇなら斬る!!」

血濡れた刃が振りかざされた。
あ、俺、斬られるのか。
………死神に?
嫌だ、嫌だ死にたくない嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!
その瞬間、雷に打たれたかのように身体がビクリと震えて、血で滑る床を蹴り陽賀の元へ走った。
へたり込んだ陽賀の手を取り、引き摺るように血の海を走る。
訳もわからず階段を駆け降りて、みょうじの刀がすぐにでも俺の首を斬りそうで怖くて、がむしゃらに走って走って、滑って転んで、壁にぶつかって、走って、そして漸く、城の外へと出たのだった。



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