山羊の独りよがり



「くそ!!くそがァ!!!!」

腹立たしい……ああ腹立たしい!!!!
怒り任せの太刀筋は鬼の触手を醜く抉るばかりだ。斬れやしない。
仲間の隊士を助ける為に触手を一刀両断したみょうじが脳裏に思い出されて、腹の怒りは油を注がれたかの如く燃え上がった。
何故だ!?何故あいつに斬れて俺に斬れない!?
スピードだってそうだ。
最後尾を歩いていたはずだ、それなのに一瞬で現れ女の隊員に迫る触手を切り落とした。次の瞬間には見上げるほど高く吊るされた隊士のもとへ跳躍した。瞬きするほどの間に。
俺より細い腕に、細い脚に、いとも簡単に俺は負けた。そうだ、『負けた』と肌で感じたのだ。
最速を誇る、雷の呼吸の俺が。

「くっ………そがぁぁああああ!!!!!」

迫る触手を怒涛の気迫で押し切り、本体に刀を突き刺した。ずくり、と動きの鈍った鬼。四方八方に伸ばした触手のせいで細くなった根元に確かな手応えを感じるも、先程「考えがある」と言ったあいつの予想が的中したことに苛立ちが募る。
ビュルルルルルッと空気の振動と共に、伸び切った触手が胴体に勢いよく戻った。
くそ、急所を狙わせない気かよ!
分厚くなった胴体から、俺に集中的に触手が伸びる。それを躱し、切り落としながら広間を駆け抜けるみょうじに合流した。

「オイ!急所は触手の根元だァ!!」

「獪岳さん!こっちは準備できてます!
隙を見て仕掛けてください!!」

みょうじの言葉に辺りを見回せば、柱や壁際に配置された隊士の姿が目に入った。
数分前にみょうじが考えついた計画を頭でなぞる。

『急所は首ではないどこか…おそらく攻撃を受けづらい触手の根本の奥でしょう。
そして、大ダメージを喰らうと放射状に触手を伸ばして敵を殲滅しようとする。根本が大分細くなる、この時が好機です。
私たちで伸ばされた触手を固定します。おそらく数秒も持ちませんが……獪岳さんのスピードと広範囲に攻撃できる技で、仕留めてください。』

よくまああの一瞬で思いついたものだと感心した。それまでの煮え切らない態度で隊士の顔色ばかり伺う様子に、本当にこいつは戊かと実力を疑っていたものの、剣技に加え頭脳までその位に相応しいものだった。
……だが、俺がこいつより劣ってるなんざ認めねぇ。こんなひょろっちい女に、最速のこの俺が。
自分の持ち場へと走るみょうじを一瞥し、蠢く触手の本体へと向き直った。呼吸を整え、刀を握りなおす。
ここで俺があいつらを全滅させて、俺がお前よりも強いことを知らしめてやる。

「雷の呼吸、ニノ型!稲魂!!」

加速する視界。眩く雷を纏う切先を幾度も返し、鬼の体を斬りつける。

「伏せろォ!!!!」

技の勢いのまま床を滑り、上体を落とした。
真上を勢いよく触手が伸びていく。何本も、傘の骨の様に。それの根本へと目を向ければ、確かにそこは心許なく細くなっており、惹きつけられるように飛び起きた。
根本を斬ればこいつは死ぬ。この鬼を倒して、あいつより俺のほうが強いのだと証明したい。根本さえ切れば。
刀を手に地面を蹴った。周りの触手が戻ろうと蠢くたびに、びぃん!と引っ張られるかのように動きを止めた。
この鬼どもを、三体同時に仕留める…!!

「雷の呼吸、陸ノ型!!電轟雷轟!!!!」

渾身の俺の技がそれぞれの鬼の胴体を両断した。ドシン…!と音を立てて落ちた鬼の体が、ボロボロと崩れ消えていく。
肩で息をする俺の背中に、「獪岳さん!」と声が降りかかった。振り返らずともみょうじの声だとわかった。
刀を振って鬼の体液を飛ばし、鞘に収める。確かに俺が鬼を仕留めた。それなのに心は少しばかりも晴れやしない。
…もし俺が1人だったら、この鬼どもを倒せたか?首を斬っても殺せなかった時点で、打開策を生み出せず犬死にしてたんじゃないか?
歓声を上げ、駆け寄ってきた仲間の隊士達に囲まれながら、俺は静かに微笑むみょうじの目を見ることが出来なかったのだった。




奇妙な触手の鬼を倒してから、突破組には意気揚々とした空気が流れていた。
「一人で3匹を仕留めた獪岳さんは最強だ」とか、「みょうじさんの計画があったからこそだ」とか。私たち戊二人を声高に讃える隊士達の顔は、巨大な鬼を3匹も倒したのだと誇らしげに輝いていた。
が、それも敵地内では長く続く事もなく。
暗い廊下に松明の明かりを這わせ歩みを進めて行くと、壁にもたれ掛かる隊士の姿を発見したのだった。

「おい!大丈夫か!?」

駆け寄る隊士を追いかけ、松明の明かりで照らせば、怪我をしているのか赤く濡れた隊服が不気味に光を反射する。
廊下には血溜まりが幾つも出来ていて、大勢の隊士がここで殺されたのだろうと簡単に想像がついた。皆強い鬼殺隊士だったはずだ。それを壊滅させるなんて、この城に棲む鬼はきっと相当強いのだろう。
……私たちだって、生きて帰れる保証は無い。
ありありと惨状を目にした途端、胸の奥底から恐怖が湧き上がった。仲間を見渡せば皆、顔から血の気が失せている。
炎柱様はまだか、なんて弱気になる心を叱咤した。
弱気になってどうする。私は、炎柱様から頂いた『責務』を果たすんだ。皆んなを、守らなければ。

「う、ぅぅ……」

「他の隊士はどうした!?」

「みんな、男はみんな、殺された……っ…女は、鬼に、連れてかれて…」

息も絶え絶えに話す隊員を、しずえさんが手際良く手当てしていく。松明に照らされる芥子色の髪を見て、苦々しく隊士は口を開いた。

「だめだ…黒くて、長い髪の女…じゃないと」

黒くて長い髪。
該当するのは、私だけ。
隊士に集められていた視線が、静かに私へと向けられた。どくり、と早まる心臓を抑えつけて、手当を受ける隊士の側へ膝を突いた。

「黒くて長い髪の女だけが、連れ去られているんですね?」

「あっあぁ…!」

痛みに顔を顰めながら、隊士が私に何かを差し出した。布…?いや、着物??
武骨な手にぐしゃぐしゃに握りしめられていたそれを、松明のあかりの前に広げる。

「これは?」

「鬼が、連れ去る前に、女にこの打掛を掛けたんだ…!消える直前、俺は手を伸ばしてこれを掴んで…」

隊士の持っていた打掛には血がベットリと付いていた。赤地に金糸の牡丹が咲くその打掛は、古びて見えるが一級品なのだとわかる。

「女の隊員のことを、『姫』と…呼んでいた。
これを…着ていれば、鬼のほうからやって来るはず。」

「そうですか…わかりました。」

これを持っていれば、確実に鬼が私を狙いに来る。鬼殺隊士を何十人と殺してきた鬼が。
打掛を持つ手が震えた。
勝てるわけがない。けれど私がこの打掛を手にした以上、鬼が姿を表すのは時間の問題だろう。
私がいたら、ここにいる隊士は皆鬼に殺されてしまうかもしれない。
……狙われるのは私だけでいい。
そうすれば、被害者は私1人で済む。
「皆を命に代えても守る。」と炎柱様との責務に誓ったんだもの。無謀な戦いに巻き込みたくない。
それに、私1人だけの方が戦いやすくて良い。
打掛を胸に抱き腰を上げると、のしっと肩に太い腕が回されて、暗い廊下へと引き寄せられた。
驚いて顔を向けると、至近距離に獪岳さんの顔が。翡翠色の綺麗な瞳がじっと私を見つめている。

「まさか、お前1人で行くなんて考えてねえよな?」

耳を掠める獪岳さんの囁き声は見事私の考えを見抜いていて、ばれていたかと溜息が漏れた。

「聞いてください、獪岳さん。
何人で挑もうが、おそらく皆殺されます。
獪岳さんも言ったでしょ…?役立たずは必要無いって。
力不足の人が何も出来ず死ぬくらいなら、挑むこと自体が間違ってる。
必要最小限の被害に食い止めるべきです。」

静かに語る私の言葉に、獪岳さんは「ハッ」と笑った。
笑うなら笑え。そもそも獪岳さんが私に非協力的なことは今までの言動からわかってる。

「俺も役立たずってか?
…………ふざけんなよ。寝言は寝てから言え。
他の奴らが必要ねえってのは賛成だ。だが俺はどうだ?鬼の首を落とすのには、俺の力が必要だろ。」

「……私にしてみれば、獪岳さんだって、十分死ぬ可能性は高いですよ。」

「あぁ!?俺が女のてめぇより弱いって言いてえのか!?」

「うっ…」

目の色を変えた獪岳さんが、今まさに結いを解こうとしていた髪を掴んだ。
突然声を荒げた獪岳さんに、背後の隊士達がびくりと身を震わせてこちらを見ている。

「離して…!獪岳さん、先程鬼の首を斬った時、もう倒したって慢心してましたよね…?鬼が生きてるって分かった時も、一瞬思考が飛んでた。
あの時死んでもおかしくなかったんです!
だから、私1人で行きます!」

「てめぇ…!!」

その時、バリバリバリッ!!!!!と木が裂ける音が遠くから響いた。何事かと皆んなが辺りを見回した次の瞬間、凄まじい爆発音と共に爆風が押し寄せ、土煙が私たちを包み込んだ。

「なんだ!?」

「構えろ!!」

鬼の来襲かと隊員達が刀を抜く音が、視界の悪い土煙の中響いた。
じゃり、じゃり、と近づいて来る足音と共に、土煙に映る影が徐々に見慣れた形になっていく。

「遅れてすまない!!皆無事か!!!!」

明朗快活な声で土煙を裂き、姿を表したのは。
私の師、炎柱煉獄杏寿郎だった。



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